第10-2話:僕には小説を出版するお金がない!
姉嵜先輩が教室前方の黒板の前に立って「自費出版」についてレクチャーしてくれるみたいだ。僕と助手は適当な席について姉嵜先輩の話を聞くことにした。
「人は出版する目的ってものがあるんだ」
「目的……ですか」
僕のイメージでは出版と言えば、たくさん本が売れて印税がガッポガッポ入って来る……。それで、一生遊んで暮らせる……みたいな、そんなイメージだった。
「もちろん、なんとしても自分の小説や本を世に出したい人も自費出版するだろう。それ以外に、コンサルタントをしているような人はステータス重視で出版する」
「ステータス……」
「まあ、ハクが付くからな。出版は以前よりは身近になっているんだが、やっぱり特別感はある。本を書く様な人は頭が良いと思われる傾向があるから、自費を出してでも本を出す人はいる」
「なるほど……」
「大学の教授なんかもよく出版するな。大学の講義で使う教科書を自分の本にすれば一定数が売れる。学生は少々高くても買う必要が出てくるからその教授の収入になるんだ」
「大学教授ってすごい商売なんですね……」
完全に目から鱗だ。
「あと、プロの作家でも自費出版することがある」
「え? そうなんですか?」
「最近では本の売れる数が少なくなってきているから各出版社の発行枠が少ないところもあるんだ」
「発行枠って……?」
「各社、今月は何冊出版しましょう、って予定のことだ。予算は有限だ。本を出す量は決まっているってことだ」
「なるほど」
「その予算を作家本人が出すのだから、強引に出版枠を確保できてしまう。プロ作家が自費出版をする理由はそこだ」
「あー」
プロの作家さんでもそんなことがあるのか。僕が思っている以上に今の出版業界は厳しいみたいだな。
「あとは、自分の人生を本にして家族や親せきに配る……みたいなのもあるな」
「ああ、記念みたいな」
「そうだ。まさしくそう。この場合は、本屋に流通させる必要がないからISBN……本屋さん用の管理バーコードだと思ったらいいけど、それを付けないので50万円前後で作ってくれるとこもあるな」
「ちょ、ちょっと待ってください?」
「どうした?」
僕は慌てて先輩の話を遮ってしまった。
先輩がなにが分からないんだ、とでも言わんばかりに少し首を傾げた。この先輩も相当顔立ちが整っているからこうして首を傾げただけでも相当かわいいんだ。
そして、先輩の場合、首を傾げると長いポニーテールが揺れるから僕の心も揺れる。少し古いタイプのヒロインみたいな姿なんだけど、やっぱりポニーテールっていいな。
いや、今はそこに気を取られている場合じゃない!
「本屋さんに流通しない本とかあるんですか?」
「そりゃあ、たくさんあるだろう。紙を束ねて製本したら見た目には『本』だが、それでは本屋では売れない。しかるべきところに登録してISBNの番号を取る必要があるんだ」
「さっき言ってたバーコードですね?」
「まあ、そう言えば分かりやすいな。実際は本のサイズとか使われている紙の種類とかタイトルとか、色々な情報をすべて含めてなんだが、私達が見るのは本のウラ表紙のバーコードくらいだからな」
裏のバーコードにそんな秘密があったのか……。
「あと、そのバーコードを取らなくても製本したら50万円もかかるんですか?」
僕が本当に訊きたかったのはこれだ。そのISBNというのがないとしても50万円もって……。驚愕の値段だったのだ。
「まあ、部数にもよるけどね。マンガの同人誌なんかも製本してあるけど、ISBNを取ってる訳じゃないのがほとんどだ。あれを考えるとイメージがつきやすいだろうな」
「ああ……なんとなくイメージできました」
「それで、恐らく九十九くんが考えている様な自費出版はちょっと難しいと思う」
先輩が少し申し訳なさそうな表情で言った。
「それは僕の本の実力が低いってことですか?」
「いや、本の内容は関係ない。きみが無名の新人作家だからだ。つまり……きみに電話をして来た出版社で自費出版をしたとしても、きみの本は本屋には並ばないってことだ」
「え? どういうことですか?」
僕は先輩が誤解していると思った。出版社は僕の本を本屋さんで買えるようにしてくれるって言った。間違いなく言ったのだ。あれは嘘や間違いだったということだろうか。
「多くの場合の自費出版ってのは最初に1000冊程度しか刷らないんだ。私の知っている人がやったときは1130冊だと言っていた」
「……思ったよりすくないですね」
「全国に本屋が何店くらいあるか、九十九くんは知っているか?」
「……いえ、考えたこともありません」
「最近じゃ、本屋も多様化してきたから、どこまでを数えるかにもよるけど2022年の時点で全国に8600店から11,000店くらいあるらしい」
「ちょっと差がありますね」
「集計した会社によって本屋の定義が異なるから多少の数に差が出てくるみたいだ。ただ、ざっくり1万店と思ったらいい」
「あれ? さっきの1000部だと全然足りないですね」
「そうだ。自費出版の場合一部の提携している店舗に置くのとインターネットでの販売がほとんどなんだ。半年以内にその1000部が売れたら次を考える……そんな感じだ」
「え? じゃあ、自費出版って……嘘?」
「一部でも本屋に並ぶし、インターネットでは買える。近所の本屋さんでも取り寄せができるから嘘じゃない」
「……そうか。でも、近所の本屋には並ばないんですよね?」
「多くの場合そうだろうな。本屋としても仕入れてすぐに売れる本を売りたいから、最近だと雑誌が中心の店舗も多い。小さな店舗ほどその傾向が強いな」
「本屋さんも商売ですからね……。たしかに、そう考えると僕の本はその小さな本屋さんでは予約でも入らない限り仕入れないですね」
「そうなんだ。『本が売れない時代』なんて言われている理由の一つはそんなのがある」
近所の本屋に僕の本が並ばないと聞いて少しがっかりした。それでも、もっと詳しく聞いておきたかった。
「じゃあ、さっきの1130部ってのはなんでそんなに中途半端なんですか?」
「1000部は本屋に置く分、100部は作者への献本(?)、30部は営業が持って回ったり、販促……販売促進に使う分だ」
「めちゃくちゃ具体的ですね」
「依頼者が一般人の場合、お金だけ出して本屋には並ばない、本も売れてないので印税もない。そこで、依頼者が出版社にクレームを入れる……そんなトラブルもあるらしい」
なるほど、十分事情を知らないと詐欺みたいな捉え方をする人もいるってことか。出版社の話を十分聞かなかった人もいるんだろうなぁ。僕もついさっきまで浮かれていたから、人のことは言えないけど。
「そんなトラブルを回避するため100冊の献本があるという噂もある。まあ、作者がお金出しているから本当に献本と言えるのか微妙だけど」
「ああ、なるほど」
お金を出したら、なにか目に見える物がないと「買った感」がないから、それを回避するためかな。
「さっきの1000部が売れたら次に1万部刷るっていう自費出版の出版社もあるな。その時の費用は出版社持ちらしい」
聞いてみないと分からないことが多い。僕はお金を出したら本が近所の本屋に並ぶと思っていた。
「あれ? じゃあ、大手の出版社でも条件は同じってことですか?」
それだけ本が売れないのならば、大手の出版社だって1000冊以下しか売れないことだってあるはずだ。
「それが、ラノベに関してはラノベ専門の出版社の強みというのがある」
「出版社の強み……ですか?」
「そう。実績と言ってもいい。いつもラノベを発行している訳だ。しかも、各社のコンテストで賞をとった作品だ。話題性も大きくて発行の最低部数は1万部からだ」
「ああ、そうかぁ……」
僕はなんとなく「餅は餅屋」って言葉が頭に浮かんだ。やっぱりラノベ専門の出版社は強いんだ……。
「それで、自費出版っていくらくらいかかるんですか?」
「まあ、ページ数によって変わるから、なんとも言えないけど、私の知ってる人は200万円くらいだったみたいだ」
「えーーーーーっ!」
思った金額より1ケタ上だった……。出版ってそんなにお金がかかるんだ。
「正確なことは、九十九くんの担当の編集の人から聞かないと分からないぞ?」
「……はい」




