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心配をお掛けしました

 予想外にも早いエルフとの話し合いの結末は、一旦保留という形になりました。


 ダインさんがウンディーネの言葉を信じたのかはわかりません。

 ですが、この結果は彼女が勇気を出して前に立ってくれたおかげというのは、重々理解しています。


「ウンディーネ、ありがと────」


『うわぁああああん! 怖かったよぉ、リーフィアぁ……!』


「──っと、危ない」


 お礼を言おうとしたら、ウンディーネがバッと振り返って私に抱き付いてきました。

 あまりにも唐突なことだったので受け止めきれず二、三歩後ろに下がりますが、どうにか倒れることだけはしませんでした。


 ウンディーネは全身を震わせ、両腕で力強く私をホールドします。

 常人だったらへし折れるほどの力ですが、私は何も言わずに彼女の頭をよしよしと撫でてあげます。


「全く、そんなに怖かったのなら、無理をしなくても大丈夫だったのですよ? あの攻撃だって、どうせ無傷でした」


『……わかってる。でも、だからって……大切な人が攻撃を受けるのを、ただ見ているのは嫌だったの』


 ウンディーネの震えは止まないまま、彼女は『それに……』と言葉を続けます。


『あのままだとリーフィアが行っちゃうと、思ったから……そう思ったら、うち……怖くて』


 両腕の力が強くなりました。

 本当に彼女はそう思って、本気で恐怖したのでしょう。


 ……これは、申し訳ないことをしましたね。


 確かに私は、一瞬彼らに大人しく従って里に行くのも悪くないのでは? と考えていました。

 そうすれば私の知らない知識を得ることが可能でしょうし、これ以上私の大切な仲間達が巻き込まれる心配は起こりません。


 ウンディーネや魔王軍の皆さんとは離れ離れになってしまいますが、私一人が犠牲になれば全て万事解決なのです。


 ──これほど良い条件はない。

 そう思っていた自分をぶん殴りたい気持ちでいっぱいでした。


「ごめんなさい、ウンディーネ。……そして、ありがとうございます」


『リーフィア……』


「あなたの覚悟は、しかと受け取りました。だから……もう泣かないでください」


 ウンディーネの涙を、指で拭き取ります。


「ウンディーネはいつもおどおどして、何かあればすぐに泣く子です。でも、それが可愛くて私は好きでした」


 心配になると泣き、嬉しかったら泣き、コロコロと表情を変えながら様々なことで泣いてしまうウンディーネは、とても可愛らしいと思えました。


「なのに、どうしてでしょう……今の涙を見ていると、とても苦しいのです」


 胸がキュッと締め付けられるような感覚。

 その感覚は嫌いでした。


「だから泣き止んでください。あなたが悲しみで泣くのは、私も悲しいです」


『……リーフィア……うわぁあああ! リーフィア! リーフィアぁ!』


「言った瞬間に泣いてるし……ったく、仕方のない子ですね」


 でも、どうしてでしょう。

 この涙は、とても心落ち着くものでした。




          ◆◇◆




「遅いぞぼけぇ!!!」


「ぐふっ……」


 色々あって魔王城に戻った私を迎えたのは、ミリアさんの飛び蹴りでした。

 反応するのが遅れた私はそれをモロに受けてしまい、何度もバウンドしながら地面を転がります。


『ちょっとミリアちゃん! やりすぎ!』


「はっ!? す、すまん、まさか当たるとは思っていなかったのだ!」


 避けてもらえる前提で蹴り入れるのは勘弁してほしいところですね。


 にしても今の攻撃。ダインさんが放った魔法よりも威力ありましたよ。

 私でなければ普通に死んでいたレベルでやばいやつでした。


 ……まぁ、ミリアさんは子供なので力加減がわからないのでしょう。


 私がそんなお子様上司に言いたいのは、たった一言でした。


「暴力反対〜」


「…………なんか、思ったよりもピンピンしているな」


「そりゃそうです。物理耐性カンストを舐めないでください」


 大地を砕くくらいの一撃でなければ、私に擦り傷すら与えられないでしょう。

 人を殺す程度の蹴りは、ただの衝撃にしか感じません。


 だからって心地良いものではありませんがね。


「今になってリーフィアの化け物感が凄いことになっているな」


「人を化け物って……酷い上司ですね」


「おまっ……! その力を今一度見つめ直してからそれを言え! 余は珍しくまともなことを言っている自信あるぞ!」


「そこは自信持って欲しくなかったですねぇ」


 珍しくまともなことを言っているって……自分で言って虚しくならないのですかね?

 ……ミリアさんは子供だから、そういうのは理解していないか。


「って、余のことはどうでもいい!」


 ミリアさんは本来の目的を思い出したように、私にビシッと指を突きつけました。


「今まで何をしていたのだ! 出て行くのは勝手だが、せめていつ帰って来るかくらい言ってからにしろ! 心配するだろうが!」


「人に指を向けちゃダメって言いませんでした?」


「そういうのいいから! なぁんでお前はそう……! ああ、もうっ!」


 ミリアさんは乱暴に頭をガシガシと掻き、これまた乱暴に大股で私の元まで歩きます。


 ──そして、ポスンッと私のお腹に顔を埋めました。


「本当に、心配したのだぞ……」


 それは先程までの馬鹿騒ぎとは大きくかけ離れた、とても小さくて弱々しい言葉でした。


「……はい、心配をお掛けしました」


 私はそっとミリアさんを抱きしめ、そう謝罪しました。

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