袋叩きをご存知ですか?
会場は本当に何もない平地でした。
そんな場所に、魔王軍の全てが集っていました。
ざっと見て数は一万。よくもここまで集められたものだと感心します。……いえ、感心するのはそこではありませんね。
ここに集う者は、全て私に不満がある人達です。
中には興味本位で来ている人も居そうですが、ほとんどはそう思っていいでしょう。
そして、そんな負の感情は、ミリアさんの背中にもたれ掛かる私を見て増幅したと思います。
だって敬愛する人に抱っこを強要させているのですから、羨ましい半分、ふざけるのも大概にしろ。と思うのが普通でしょう。
だからどうしたという話ですが……。
この程度で激昂してしまう人は、忍耐力が足りないのでは無いでしょうか?
「到着、だ!」
「あーれー」
ミリアさんは到着すると同時に、私をぶん投げました。
…………一番腹が立っていたのは、どうやらミリアさんのようですね。
ですが、そこはエルフ。空中で身を捻り、華麗に着地してみせます。
ミリアさんの悔しそうな顔。
──ふっ。
「おう、やっと来たか」
と、先に待機していたディアスさんが手を振りながら近づいて来ました。その横にはヴィエラさんも居ます。
「ミリアに運ばせるとは……本当に相変わらずだなお前は」
「面倒なのはわかるけれど、あまりミリア様を困らせないようにね」
「そこは問題ありません。ミリア様ご自身が私を運んでくれると仰ったので、私は悪くありません」
「そうなのかい? ……そうには見えないけれど?」
ヴィエラさんは訝しげに私とミリアさんを見つめます。
後ろの方では地団駄を踏んでいる魔王の姿が。……確かにあれでは私が嘘を言っているように見えてしまいますね。
「ほらミリアさん。そんなところで悔しがっていないで、早くこっちに来て説明してください。このままでは私が嘘つきになってしまいます」
「うう、だが……」
「それとも、魔王ともあろうお方が、部下の前だからと嘘を付くのですか?」
「──っ! そんなわけがないだろう! リーフィアは余が自ら運んだ! 文句はあるまいな!」
「まぁ、ミリア様がそう言うのであれば──」
「あ、ちなみにまたミリア様が部屋の窓を壊しました」
「ちょっ……!」
「ミリア様ぁ!?」
「うわぁああああ!? リーフィア覚えていろこのやろう!」
ヴィエラさんに頬を摘まれながら、ミリアさんは涙目になって訴えます。
「どうせ後でバレることですし、壊したミリアさんが悪いのです。今はたっぷりとお仕置きされてください」
さて、怒られているお子様は置いておいて、私はさっさと面倒な用事を終わらせましょうかね。
「ディアスさん。私はあれをフルボッコにすれば良いのですね?」
「ああ、その通りだ……その通りなんだが、大丈夫か? 流石にこの数だ。お前でも厳しいんじゃ……」
「……ディアスさん。甘いですね。甘々です」
「あん?」
怪訝な表情をするディアスさんに、私は「ふっふっふっ」と笑います。
閉じた目をカッと見開き、私はかっこいいポーズを取りました。
「ディアスさんは『袋叩き』をご存知ですか?」
「……………………」
あれ? ディアスさんからの返答が無くなりましたね。
聞こえていなかったのでしょうか?
「袋叩きです……!」
「すまん、かっこよくないぞ」
「……これは失礼しました」
どうやら私が滑っていただけのようですね。
「だが……それはつまり厳しいってことなんだろう? やっぱり全員一斉にではなく、グループ分けをしたほうが良いんじゃないのか?」
「ええ、それについては心配なく。そう言う意味で言ったわけではないので」
「はぁ? だったらどういう……」
……ああ、眠くなってきました。
そろそろ私も限界です。
なので、速攻で終わらせましょう。
「袋叩きになるのは──私ではありません」
私は跳躍し、魔王軍隊の中心部に着地しました。
「な、こいつ……!」
兵士からはどよめきの声が上がります。そしてすぐに我に返り、私に剣を突き付けようと腕を振り上げました。
「さぁ──始めましょう!」
彼らの刃が届く前に、私は体内に抑え込んでいた魔力を解き放ちます。
それは風を呼び、私を中心に渦を巻き、周辺にいた兵士達は一斉に遥か上空へと打ち上げられました。
しかし、流石は魔王軍。
これだけでは終わらせないと、後方に待機していた魔法使いの連中が、精確に魔法を飛ばしてきます。
近接部隊で無事だったものも、魔法の射程の邪魔にならないよう、私に接近を試みます。
……連携は取れているようですね。
周りは敵だらけ?
文字通り四方八方から攻撃が飛んでくる?
──ハッ。そんなの関係ありませんね。
こちらには、最も頼れる仲間がいるのですから。
「頼みましたよ──ウンディーネ」
『任せて……!』
私は目を瞑ります。
周囲では耳を擘く轟音が鳴り響きますが、私は一切そちらに意識を傾けません。ウンディーネが全てを防いでくれると信じていますから。
「くそっ……! まずは精霊だ! 集中して落とせ!」
誰かが叫びました。
『そうはさせない。リーフィアが信じてくれたんだもん……!』
ウンディーネから感じられる魔力が、急激に増幅しました。
……これが大精霊の本気です。魔王軍の兵士程度がこれを破れるわけがないでしょう?
「ウンディーネ。準備が終わりました。10秒後に合わせてください」
『うんっ!』
空を仰ぎ、『鷹の眼』を発動。
瞬間──私は全てを見通せるようになりました。
一万の軍勢。
その全てが、はっきりと鮮明に映ります。
『リーフィア!』
ウンディーネの障壁が霧散すると同時に、私は己の脚力を活かして上空へと跳躍しました。
『マジックウェポン』から弓を作り出し、ずっと練り上げていた魔力を矢に変換。
反応の一つ一つに照準を合わせ────
「──穿て」
極限まで引き絞った魔矢を放ちました。
それは一つから二つに、二つから四つに、四つから八つにと、分裂していきます。
やがて地上に立つ兵士達に到達する頃には、一つの矢は一万になっていました。
兵士は慌てふためき、散り散りになって逃げ出そうと足を動かしますが……全ては無駄です。
私の『弓術』はレベル10。
──絶対に当たります。
ただの兵士だろうと、分隊長だろうと、魔法使いだろうと。全てを等しく貫く暴風の刃。
それはたった一本だからと油断はしないことです。刺さった箇所から体内で暴風の魔力が巻き起こり、内側からぐちゃぐちゃに掻き乱します。
相手が多ければ増殖し、確実に息の根を止める必殺の一矢。
名付けるのなら『ミリオンストーム』と言ったところでしょうか?
……と言っても、流石に魔王に仕える軍隊を壊滅させるわけにはいきません。
極限まで威力を抑えたので、気絶程度で済むはずです。
中には体力のある者が何人か生き残っていましたが、それはウンディーネが彼らの頭に水球を作り出し、残らず溺れさせました。何を言わなくても最善の選択をしてくれる。だから信じられるのです。
私に敵対する魔王軍兵士は、誰一人として立っていません。
「──っと」
私は地面に着地しますが、高く飛びすぎたせいで着地の衝撃に少しよろけてしまいます。
なんとも締まらない結末ですね。どうせなら華麗に決めてかっこいいところを見せてやりたかったのですが……まぁ、勝ったので良しとしましょう。
「ウンディーネ、いえーい。です」
『え、えっと……?』
「協力して勝った時はこうするのが決まりなんですよ。こうやって……両手を合わせるんです」
私はウンディーネの手を取り、ハイタッチをしました。
……やはり、こうすると良い感じに締まりますね。
『…………っ、リーフィア……! もう一回、もう一回やって……!』
「はいはい。いえーい。ハイタッチですよー」
『……い、いえーい!』
私は両手を上げ、ウンディーネも同じようにします。
今度はパンッ、という乾いた音が鳴りました。
『勝てて良かったね……リーフィア!』
そう言い、ウンディーネは嬉しそうにはにかみました。
私達ならば楽勝だと最初から思っていましたが……それを言うのは野暮ってものですよね。
「ええ、そうですね。本当に勝てて良かったです」
だから今は、この勝利を喜びましょう。
レビューを頂けたんですよ!(唐突)
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