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久しぶりのお仕事です

 後日、私は初めてミリアさんの護衛を務めることになりました。


 ようやくあの怠け者が働く気になったと、ミリアさんもヴィエラさんも最初は喜んでいました。

 ですが、そんな明るい表情は次第に暗くなり、そして今は二人して頭を抱えています。


 ……一体、どうしたのでしょうか?


「…………なぁ」


 ミリアさんが重い口を開きました。

 彼女の視線は一点に、私を見つめています。


「はい、何でしょう?」


「どうしてこうなった?」


「……はて、何を言っているのか」


「とぼけるではない!」


 ミリアさんは、バンッ! と机を叩きます。

 それによって机に若干のヒビが入ったような音がしましたが、珍しくヴィエラさんはそれについて何も言っていません。そんなのが些細だと思うような出来事が、この執務室で起こっているようです。


 魔王の威光を示すのに相応しい眼光を持って、ミリアさんは私のことをキッと睨み、指差します。


「今まさにお前が腰掛けているそれは、何だ!」


 彼女の指が私にではなく、その下のものに向けられます。

 私もそれに釣られて視線を下に向けます。


 もしかしたら私の知らないところで何かが変化している可能性を考え、この目で確認したのですが……うん、何もおかしなところはありません。


 視線をミリアさんに戻し、首を傾げます。


「ベッドですけど?」


「当然のように言わないでくれるか!?」


 私は自室に備え付けられているベッドを『アイテムボックス』に収納し、ミリアさんの執務室に持ってきました。ただそれだけのことなのに、何を怒っているのでしょうか?


「余は、どうしてここに、ベッドがあるのかと、聞きたいのだ!」


 息も絶え絶えにミリアさんは叫びます。


「どうしてと言われても寝るためですけど……まさかベッドにそれ以外の使い道があると?」


「そうじゃなーーーーい!」


 ついに魔王は激昂し、私のベッドに飛び込んできました。

 私は余裕を持って動き、その突進を躱します。そして隙だらけになったミリアさんの体を掴み、抱き寄せます。


 ……ふふっ、抱き枕ゲットです。


「何ですか。ミリアさんも休みたいのならそう言えば良いのに……」


「違う! おいヴィエラ助けてくれ! このままでは余も寝てしまう!」


「リーフィア……そろそろ放してあげてくれないか?」


「……はいはい、わかりましたよっと」


 私がパッと手を放すと、ミリアさんは獣のような俊敏さで離れてしまいました。そして滅茶苦茶に警戒した目をこちらに向けてきます。


「そこまで警戒されると傷付くのですが……」


「自分がやっていることを反省したら、警戒を解いてやる」


 はて? 私がしたこと、ですか……?

 うーーーーん、ミリアさんやヴィエラさんが頭を抱えるようなこと。


 ──はっ! もしや……?


「もしかして執務室にベッドを持ち込んだことですか?」


「それに決まっているだろう! ……って、え? どうして『そんな馬鹿な……』と言いたげな表情になっているのだ?」


「だって……ベッドは私の故郷ですよ?」


「ついに意味のわからんことを言い始めた!」


「では、かっこつけて『神器』とでも呼びます?」


「ベッドを!?」


 流石に冗談ですけどね。

 でも、気持ち的には同じようなものです。


「いやね? 私は考えたのですよ」


「……ほう、面倒臭がりなリーフィアが考え事とは……一体何を企んでいるのだ?」


 酷い言われようです。

 ……でも、企んでいるのか? と問われれば、私はそれに「イエス」と答えるでしょう。だって実際にあることを企んでいるから、こうしてベッドを持って来ているんですから。


「私は考えました。私の仕事はミリアさんの護衛です。……しかし、私の守る対象は魔王。この世界でも頂点に入るほどの強さを持っています。多分」


「おい」


「そこで私は、あることに気づいたんです。もうこれ護衛の必要無いんじゃね? と」


 だって魔王ですよ? しかもここは魔族領です。私がここに来てから敵の襲撃に遭ったのは、あの時の杖の勇者だけです。

 余程の自信家ではない限り、わざわざ危険を冒してまで単独で敵地に乗り込もうとは思わないでしょう。


 ほら、よく考えれば護衛いらないじゃんとなる訳です。


「いやいや、ちゃんと余を護ろう? 一応聞くが配下だよな? お前、余の配下だよな?」


「それとこれとは別です」


「別なの!?」


 ミリアさんが悲痛に叫びます。


「……でも確かに……私が護衛をしている時も、護衛の必要あるのかと思ったことがある」


「ヴィエラ?!」


 あの超が付くほどの生真面目であるヴィエラさんですらそう思うほど、魔王の護衛というのはあまり役に立っている実感がありません。


「ぶっちゃけ魔王の護衛ではなく、子供のお世話じゃね? と、私は思いました」


「おいっ、流石にそれはないだろう! ヴィエラも何とか言ってやれ!」


「──っ、くっ……申し訳、ありません……!」


「ヴィエラ!?」


 助けが入ってこないことに絶望し、ミリアさんは「嘘だろう……?」と力無く椅子に座り込みました。


「……ミリアさん。そんなに落ち込むことはありません」


「…………リーフィア……」


 私はベッドから降りて、ミリアさんにそっと歩み寄りました。

 彼女の肩に手を置き、微笑みます。


「だって、あなたはまだ子供ではありませんか。何を落ち込むことがあるのですか?」


「……ぐすんっ……素直に死ね」


「…………言葉というものは難しいですね。私はただ……あなたに真実を教えてあげたいだけなのに」


「チクショォオオオオオオオオ!!!!」


「ミリア様ぁああああ!?」


 ミリアさんは叫び、執務室を飛び出しました。去り際に見えた水分は、きっと気のせいなのでしょう。

 それをヴィエラさんが慌てて追いかけ、執務室には私一人となりました。


「……さて、仕事どころではなくなってしまいましたね」


 私はポツリと呟き、顎に手を当てて考えます。


 私も追いかけた方がいいのか。

 でも、正直なことを言ってしまうと、本当に面倒臭い。

 ミリアさんも勢いで飛び出してしまっただけで、どうせいつも通り機嫌を取り戻して戻ってくるでしょう。


 ──だったら、私がやることはただ一つです。


「よいしょ……っと。ふぅ……」


 私はベッドに上がり、布団の中に潜り込んで目を瞑ります。


 おやすみ世界。

 …………すやぁ。

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