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戻ってきた日常

 ──バァァァン!


「リーフィア! 今日という今日はいい加減働いてもらうぞ!」

「…………ん、んぅ……なんれすか……?」


 急に騒がしくなったことで私は目を覚まし、むくりと体を起こします。


 ……まだ、眠い。寝起きだからか、頭がボーッとします。


 ミリアさんは相変わらず元気なようで何よりですが……もう少し騒音問題というものを考えてほしいですね。勝手に部屋に入ってきて、耳元で騒がれては……ゆっくりと眠ることができません。


「何ですか、ではない! もうあれから一ヶ月だ。ずっと引き篭もって眠りおって……!」

「まだ一ヶ月ではないですか……」

「一ヶ月も眠り続ける奴がおるかっ!」

「ここにいますよぉ〜」

「お前だけだ!」


 どうやらボルゴース王国が崩壊した事件から、一ヶ月が経ったようです。


 あの後、私は魔王城に戻り、簡単な事後報告を済ませました。そして休暇をいただき、自分の部屋に帰りました。

 それからは寝て起きて、また眠って起きての繰り返しをしていました。時々、ウンディーネが遊びにやって来ましたが、私は動くことをせず、ウンディーネの話を聞くだけでした。そして眠くなれば彼女も一緒に横になり、共に微睡みの底に沈みました。


 目を覚ませば、ウンディーネは帰っています。


 上位精霊なだけあって、実体化するのはかなりの魔力を消費します。それは私から供給されているのですが、ウンディーネは私に迷惑を掛けたくないと、自分からはあまり実体化をしません。

 私の魔力はほぼ無尽蔵と言ってもいいほどあるので、ずっと実体化して側に居てくれてもいいのですが……彼女には森の守護もあるのでそうはいきません。

 なので彼女は、定期的に私の様子を見に来て、少し経ったら森に帰るという繰り返しをしています。心配ならそう言えばいいのに、ほんと健気で可愛い子ですよね。


「聞いているのかお前ぇ!」

「あ、聞いていませんでした。それで何です? どうしてミリアさんの胸が無いかですか?」

「何でそうなる!?」

「諦めてください」

「諦めないし! まだ余は成長段階だ。将来が楽しみですね……って言われるレベルだ!」

「でも、ボインは絶対に無いですよ」

「うっさい!」


 ミリアさんの拳を、寝返りを打って回避します。衝撃が強すぎて若干バウンドしましたが、無傷でした。


「危ないですねぇ……今の当たったら痛かったですよ?」

「話を逸らすお前が悪い!」

「乗ってきたミリアさんもどうかと思いますが?」

「うっさい!」


 再び拳が降ってきました。

 私は寝転がり、それを避けます。


 ですが、ベッドの端に追いやられてしまいました。

 また拳が降ってきたら、避けられません。


「まぁまぁ……そんなことよりミリアさんも一緒に眠りましょう?」


 私はベッドをポンポンと叩き、ミリアさんを誘います。


「余はまだ仕事が残っているのだ。そんな誘惑は……って、抱きつくな持ち上げるな! や、やめろ! 余をベッドに持ち上げるでは──あああああぁ!」


 何かを喚いているミリアさんを抱き上げ、そのまま一緒に横になります。


「やめろぉ……余は、こんな誘惑に負けないぃぃ……」

「一緒に眠りましょう? ほら、あなたはだんだん眠くなーる」

「ぁあああ……余は、よはぁああ」


 口では抵抗しているミリアさんも、体には力が入っていません。

 魔王としてのプライドだけが、彼女の邪魔をしているのでしょう。それでも必死なのが大変可愛らしいですが、もう後一押しで落とせそうです。


「ふふっ、ミリアさんは本当に抱き心地が良いです。ずっと抱きしめていたいくらい、柔らかくて、温かくて……」

「ぅ……うう……」


 抱きついていると、ミリアさんの良い匂いが鼻腔をくすぐります。

 ミリアさんの頭を撫でると、こちらも穏やかな気持ちになり……余計に眠気が襲ってきます。


「一生このまま二人で眠ってしまいましょう?」

「余は魔王なの、だ……こんなのでは、みなに、示しがつかない……」

「ここは私の部屋です。誰も覗きませんよ。……さぁ、抗わないで……ゆっくりと目を閉じましょう」

「……う、む……」


 ミリアさんはゆっくりと瞼を閉じ────


「そうはさせるかぁ!」


「──っ、何事だ!?」


 バゴォォォン! という破壊音が部屋中に鳴り響きます。

 音のした方を向くと、部屋の扉が破壊されていました。


 ──私の部屋の扉、壊されすぎ問題。


「…………何するんですか、ヴィエラさん」


 私は燃える双剣を手にする魔族、ヴィエラさんを睨みます。


「何をする、はこっちのセリフだ。なにミリア様を籠絡しようとしているんだ」

「籠絡なんてとんでもない。私はただ、一緒に寝ましょうと誘っただけです」

「それを籠絡していると言っているんだ。ミリア様は子供だけど、あまり甘やかさないでくれ」

「余は子供ではない!」

「それはできません。私が安眠するため、ミリアさんを抱き枕にすると決めたのです」

「抱き枕!? 余はただの抱き枕なのか!?」


「「ちょっと黙っていてください」」


「…………すまん……」


 同時に怒られたミリアさんは、申し訳なさそうに萎縮しました。

 怒った一人である私が言うのも何ですが、それで良いのですか魔王様。


「…………はぁ、このままでは平行線だね」

「……ええ、そうですね」


 ヴィエラさんは二対の剣を構えます。


「やろうか」


 短い言葉。しかし、それには全ての感情が籠っていました。


「……この前、負けたことを忘れたのですか?」

「この私が何もせずにいたとでも? あの結果が悔しくてずっと私は修練を続けてきた。この前の私だと思っていたら、痛い目にあうよ」

「ふふっ、面白い。では、やりましょうか」


 私は久方ぶりの『マジックウェポン』を発動し、魔力で剣を形取りました。


「──いざ!」


 私達は同時に地を蹴りました。


「──あっ」


 そこで悲劇が起きました。


 私は一ヶ月も寝たままで、しかも蹴った場所はベッドの上。

 見事に足が滑り、私は前のめりになってベッドに頭からぶつかりました。


「そこだぁああああ!」


 ヴィエラさんはすぐさま剣を鞘に仕舞い、右手で私を、左手でミリアさんの首根っこを掴みました。


「ほら、仕事に行きますよ!」

「あーーーれーーー」

「何で余まで!?」


 私達はズルズルと廊下を引きずられます。

 もちろん、そこには魔王城で働いている使用人の方々が歩いています。そんな中を無抵抗で引きずられるのは、かなり恥ずかしいです。


「ヴィエラさん、ちょっとこれ恥ずかしいんですけど……」

「何で余も巻き込まれているのだ! 一人で歩ける!」

「私も歩けます。ヴィエラさんのお手を煩わせるわけにはいきません」

「……手を離したら、逃げるだろう?」


 ──チッ、よくおわかりで。

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