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貴方だけの未来です

 私は古谷さんに連れられ、国王の寝室前へと来ていました。


 ──コンコンッ。

 古谷さんは入る前に、扉をノックをします。


「古谷です。リフィさんを連れて来ました」

「……待っていたぞ。入れ」


 しばらくして静かに聞こえてきた国王の声。

 私達は中に入ります。


 中には、ソファに深々と座った国王。その両手には女性を侍らせていました。


 ──人を呼びつけておいて、その格好はなんですか。

 とは言いません。面倒なので。


「遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」

「(あなたが急に呼んだんでしょうが)……お待たせしてしまい、申し訳ありません。本日はどのような要件でしょうか?」

「ふむ……」


 ふむ……じゃありませんよ。

 要件があって呼んだんでしょう。どうしてそこで黙るんですか。


「あの、私に何か付いているでしょうか?」


 国王は私の体を舐めるように見つめてきます。

 とても気持ち悪いです。まだ私のことを諦めていないのでしょうか? そんなに女性を侍らせているのに?


「やはりリフィ殿は、綺麗だな」

「はぁ……ありがとうございます。要件はそれだけでしょうか?」


 女性を両手に侍らせておいて、私を口説きますか。

 その度胸だけは認めてあげましょう。


「いや、呼んだのは魔王の監視についてだ」


 ……やはり、そうでしたか。

 むしろこのタイミングで違う話題が出てきたら、それはそれで驚きです。


「奴はどうだ?」

「特に目立った行動はしていませんが、何か問題がありましたか?」

「リフィ殿は、昨日から奴らと随分と親しげだな?」

「ええ、誰に対しても気軽で、面白いお方ですよ」


 私は淡々と答えます。

 少しでも迷ったら、変に疑われるかもしれません。

 国王の要件は『魔王について』だというのはわかりましたが、真意はまだ読み取れません。なので、いつも通りを装います。


「今回の目的は何だと思う?」

「は? 魔王との友好関係を築くのではないのですか?」

「……いいや、違う。本当の目的は──魔王を殺すことだ」


 ──ピクッと、背後で微かに動く気配がありました。


 私の背後には、古谷さんしかいません。

 チラリと覗き込むと、彼は酷く動揺していました。


 ……予想はしていましたが、やはり古谷さんも真実を聞かされていなかったのですね。

 もし聞かされていたなら、ミリアさんとはあんなに自然と接しなかったでしょう。


「魔王を殺す、ですか」

「意外と驚かないのだな」

「ええ、どうでもいいですから。それより、そんな重要なことを私に言って、どうしろと?」

「いや、リフィ殿には何もしないでもらいたい」

「……はぁ……何もしないですか」


 では、どうして言ったのでしょう?


 ──ああ、わかりました。

 次の食事会では完全に殺す気で行くから、全てに無反応でいろということですね?

 知らなければ、おかしいと思って止めるかもしれない。そうすれば国王はチャンスを逃し、それだけでなく犯行もミリアさん達にバレてしまう。


「次の食事会では、全ての兵士と騎士を投入する」


 ──は?


 それは流石のミリアさんでも、おかしいと気付くのでは?


「最初は毒殺しようかと思っているのだが……それでもダメだった場合は、力づくだ。その時には、リフィ殿と勇者にも力添えを頼みたい。相手はたった二人だ。難しい話ではない」

「あの、一つよろしいですか?」

「何だ」

「どうしてそこまでリスクを冒して魔王を倒そうとするのですか? 他国の勇者と協力して戦ったほうが、まだ勝機はあると思うのですが……」

「そんなの決まっている。他国に手柄を寄越すわけにはいかないのだ」

「あ、そうですか……」


 もう少しマシな理由があると思ったのですが、完全な私利私欲ですね。


「恥ずかしい話だが、我が国は今、他国から圧力を掛けられているのだ」


 まぁ、やりたい放題らしいですからね。そりゃあ圧力も掛けられますよね。


「今回でどうしても手柄を立てなければならないのだ!」

「はぁ……そうですか」


 全てあなたが悪いのでは?

 ……とは言いませんよ。面倒ですから。


 勇者を無駄に殺し、大量召喚している。

 金を私欲に使い、民だけではなく他国まで困らせている。

 そして今回、無断で魔王を国に招待した。


 確かに手柄を立てなければいけませんね。


 ですが、私には関係ありません。


 そんなどうでもいいことのために、ミリアさんを殺させる訳にはいきません。

 そんなどうでもいいことのために、ミリアさんを害そうとした国王を、私は許しません。


「わかりました。陛下はやりたいことをしてください。私は、それに合わせますので」


 私は国王に向けて、最大の笑顔を作りました。


「もう要件は終わりですね? では、私は戻ります。早く帰らなければ、魔王に変な疑いを持たれてしまいますから」

「うむ。よろしく頼んだぞ。では、食事会で会おう」

「はい。その時が楽しみですね。──古谷さん。行きますよ」

「え、あ……うん」


 私は軽くお辞儀だけをして、その部屋を出ます。

 古谷さんはそんな私の後を、まだ混乱しながらも付いて来ました。


「ねぇ、リフィさん」

「はい。何でしょうか?」

「……本当に、国王の言うことを聞くの?」

「そんな訳ありません」

「──え?」


 私は立ち止まり、まだ若い勇者に振り向きます。


「私は誰の指図も受けません。私のやりたいことをする。それだけです」

「……リフィさんは、どこまでも自分勝手だね。でも、それが羨ましい。……俺は、どうすればいいんだろう?」

「知りませんよ。そんなこと」


 私は私だけのために行動するだけ。


 安心して眠れる生活をしたいから、私は魔王の配下となりました。

 その生活を、ここの王は汚そうとしています。ならば、私はそれを止めるのみです。


「古谷さんはどうしたいんですか?」

「…………俺は、俺は……まだわからないんだ」


 古谷さんの表情は、迷っていました。

 考えを纏めたいのに、次々と考えることが多くなって、自分でもどうしていいのかわからなくなっている。


 今の彼は、そんな顔をしています。


「俺は勇者だ。魔王を倒さなくちゃいけない。それは間違っていないんだ。……でも、これで良い訳がない。俺だってミリアさんとは正々堂々勝負をしたい。そう思っていても、俺はまだ弱いんだ。殺せる時に殺せなきゃ、もうチャンスは来ないかもしれない。だったら──」



「くだらない」



 顔を歪めて苦難している古谷さんを眺め、私は吐き捨てるように言いました。


「あなたの考えは、勇者という使命に囚われすぎです。くだらない。勇者だからなんですか? そんな名前だけの使命だけに向き合って自分の考えを捨てるとは……呆れました」


 古谷さんはまだ若く、真面目です。

 だから色々と考えてしまうのでしょう。


 自分のやるべきことをやるのは、悪いことではありません。

 ですが、それだけを考えて人生を楽しめないのは、とても勿体無いです。


「私は古谷さん、古谷幸樹という貴方に問います。貴方の本心は──どれなんですか」

「…………くっ……!」


 古谷さんは拳を握りしめます。


「まだ食事会まで時間はあります。それまでじっくり考え、自分の本心と向き合ってください。決して、他人に流されてはいけませんよ」


 言いたいことは言いました。

 後は、彼自身がどうするかを決めるだけです。

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