冷たい部屋の中で
ぴちょん、ぴちょんと、水滴が滴り落ちる音が響く。
それ以外の音は何も聞こえず、そこで何かをすることはできず、我は、ただ冷たい床の上で体育座りをしながら天井を見つめていた。
ここは王城。
その地下深くにある、牢獄の中だ。
「うぅ……なぜだ……」
なぜ、こうなってしまったのか。
我はただ、この国の子供たちと広場で遊んでいただけなのに……。
事の発端は、子供の一人が輪を抜け出して広場から出て行ってしまったところだ。
このままでは小娘が迷子になってしまう。我は力があるから迷子になったところで何の問題もないが、人間の子供では話が違う。
だから連れ戻そうと遊んでいた皆で捜索隊を築き、我も広場を出たのだ。
「なのに、あの兵士め……」
遊んだり、広場の外で探索をしているうちに気持ちが昂ってしまったのだろう。
アカネに掛けてもらった認識阻害の魔法は、いつの間にか解けてしまっていたらしく、我の角を怪しんで声をかけてきた兵士は、我に沢山の質問を投げかけてきた。
「お母さんはどこにいるのかな?」やら「その角は飾りだよね?」やら。
最初はなんてことない質問だったのだが、徐々に確信を突くようなものに変わっていき、我を魔族だと確信した兵士は、我に『魔族殺し』という名前の腕輪をつけてきた。
もちろん我は抵抗したのだが、油断していたのだろう。
我がマガンを発動するより早く動き出した兵士が、僅差でその腕輪を用いたのだ。
どうやら腕輪には、魔力を封じる力があるらしい。
魔物や魔族にとって、体内に宿る魔力は生命力と同じものだ。
普通、魔王である我ならばその程度の障害はモノともしないのだが、ちょうど腹が減っていたため本来の力が出せず────今に至るというわけだ。
「お腹さえ満たされれば、こんな封印……城ごと破壊してやるのだが……」
チラッ、と室内の端っこに視線を移す。
そこには小さな食器プレートの上に、たった2枚の食パンが置かれていた。我が何度も「腹が減った〜〜!」と喚いていたら、我を捕縛した兵士が見兼ねたのか持ってきたのだ。
その気遣いには感謝しよう。
だが、わがままを言うのであればもっと豪華なものが欲しかった。せめてジャムとか、2枚とは言わず5枚くらい持ってくるとか、そもそも食パンじゃないものとか……。
「はむ……」
やはり、食パンだけは美味しくないな。
「うぅ、なぜ……我は、われは……」
我は魔王だぞ。
こんな扱いが許されるはずがないのだ。
なのに、無力にも食パンを食べるしかないなんて……。
……今思えば、その時近くにいたリーフィアとアカネを頼ればよかったな。
あいつらは幹部の中でも抜き出た能力を有している。特にリーフィアの能力はどれも異常で、あいつと契約している精霊──ウンディーネの協力も得られれば、すぐに迷子の捜索は終わっていただろう。
ましてや、こんな面倒なことにもならなかったはずだ。
「だが、すぐに助けが来るだろう」
我の部下は全員優秀だ。
すでに我がいないことに気がつき、動き出しているはずだ。
だから、もう少し我慢すれば助けが────
「ほら、自分の力で歩け! いい加減、歩けっての! ──お願いだから歩いて!?」
「……なんだ、騒がしいな」
地下牢獄の入り口の扉が開き、誰かが入ってきた。
きっと、この祭りで悪さでもして捕縛された者を運んできたのだろう。……それにしても看守のほうが大変そうな声をあげているが、いったいどんな奴が入ってきたのだ?
「ほら、ここでおとなしくしてろ!」
「……ふぐぅ……」
鉄格子が開かれ、我がいる部屋にそれが投げ込まれる。
「ったく、乱暴な人ですね……」
投獄された身でありながら、それは呑気な動作で上半身を起き上がらせる。
キョロキョロと部屋を見渡し、我を見つめてその者は口を開いた。
「あ、ミリアさん発見」
リーフィアぁぁああぁあああああ!?!?!??!!!!




