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誰ですか?




 その後の道中は、拍子抜けするほどに何もありませんでした。


 どうやら、相手さんはゾウだけでどうにか出来ると考えていたようですね。たしかにゾウさんは手強かった相手でしたが、あまりにも短絡的すぎる気がしないでもないです。



「ダメですね……相手の考えが全く読めません」


 元々、こういった駆け引きは苦手なんですよ。

 本当に面倒くさいったら、もう……。




 洞窟を駆け抜けること、数分。

 ようやく最奥地に辿り着いた私を待っていたのは、ゾウさんのところにもあったような荘厳のある扉。罠が無いかを入念に確かめ、開きます。


「っ、──!」


 そこに彼女はいました。

 水で構成された体には至る所に鎖が巻かれ、どこか神聖みのある雰囲気は、今はどこか弱々しい。


 無数にある鎖からは嫌な気配がします。

 おそらく、あれが精霊の力を削いでいるのでしょう。


 大切な契約精霊に、なんてマネを……。

 久方ぶりに抱いた感情は、胸の中で急激に膨れ上がります。



「ウンディーネ……!」


 呼び掛けます。

 彼女も私の声に気がついたのか、気怠そうにその顔を上げ、信じられないと驚愕に目を見開きました。


 まだ意識があったと、一先ずは安心しました。


「遅くなって申し訳ありません。すぐに助け」


『こっち、来ちゃダメ! すぐに戻って……!』


 ウンディーネの口から出てきたのは、予想していない言葉。

 来ちゃダメとか、すぐに戻れとか……彼女を見捨てて帰られるわけがありません。


「ウンディーネ? 私なら大丈夫です。道中で敵も倒しました。何をそんなに警戒して、っ──」


 咄嗟に動けたのは私の判断ではありません。

 私に危険が迫った時にのみ発動する『完全反応』が、死角から放たれた一撃から守ってくれたのです。



「あれぇ? 絶対に殺したと思ったのになぁ……ざぁんねん」


 無邪気な声。

 帽子を目元深くまで被った、少年のような容姿。


 ですが、彼から放たれる濃厚で不気味な気配は、とても人とは思えないものでした。



「あなたは、誰です?」


 警戒心を最大限にまで張り詰めらせ、私はそう問います。


 彼が何者かはわかりません。

 ですが、私の完全反応が先程から何度も『危険だ』と言っています。


 ……いいえ、完全反応が無くてもわかります。

 この子供のような何かから目を離してはダメだと。



「ボク? ボクのことなんか、どうでもいいでしょう?」


 ──どうでもいいわけあるか。

 私は内心、そう悪態をつきました。


 どのような手段を用いたか知りませんが、十中八九、ウンディーネを拘束して閉じ込めたのは彼でしょう。ならば、絶対に許すことはできません。


「この精霊をこんな状態にしたことを許せないって、そう思ってる?」


 内心を見透かしたように、少年は笑います。

 この程度のことには驚きません。


「いやぁ、意外と簡単だったよ。ちょっと嫌な気を送ってやれば、すぐに食いついて来てさ。他の精霊どもと協力してボクを追い詰めようとしていたみたいだけれど、あれ以外は全部雑魚だった。原初の精霊ってのも大したことないね。やっぱりご主人様がポンコツだと、精霊も似てくるのかな? ほら、ペットは飼い主に似るって言うじゃん」


「挑発ですか? でも残念。子供が喚いているようにしか聞こえませんよ。……はぁ。今ならまだ許して差し上げます。さっさと頭を下げて謝罪し、ウンディーネの拘束を解きなさい。そうすれば怒りません」



 煽られたから、煽り返しました。

 大人気ないですか? いいえ、先にやったのは向こうです。



「…………本当に、ムカつく女だね、お前は」


「はて? 優しく諭して上げたつもりですが……ああ、なるほど。言い返されて悔しかったのですね。しかもその様子を見る限り図星と。見た目だけかと思いましたが、中身も同じでしたか」


「………………」


「黙っちゃいました? ウンディーネを上手く拘束できて調子に乗ったのかもしれませんが、残念でした。私はそんな軽い挑発に乗るほど安くはないのです」


 相手は自信に満ち溢れた様子でした。

 なので、それを利用して馬鹿にしてやれば、正常な判断も出来なくなると踏んだのですが、どうやら成功したようです。


「わかったら、ほら──さっさとウンディーネを返しなさい」


「……く、くく、あははっ……! ああ、本当にお前はボクを苛々させるのが上手いね。今まで何度も何度も、お前を殺したいと思っていたけれど……いいよ。もうアレは充分役に立った。解放してあげるよ」


 少年が指を鳴らすと、ウンディーネに巻きついていた無数の鎖は激しい音を立てて砕け散りました。


 すぐに私の魔力を彼女へ譲渡します。

 これで、少しは楽になったでしょう。



「ほら、もう帰りなよ。用事は済んだでしょう?」


「……やけに大人しく引き下がりますね。諦めたのですか?」


「まさか。ボクの方もやるべきことが終わっただけだから、帰るだけだよ」


 やるべきことが終わった?

 それは、一体どういう…………。


「それじゃ、精々頑張りなよ、『リーフィア・ウィンド』さん?」


「っ、なぜその名前を──!」


 背を向けた少年へ手を伸ばします──が、手が届く寸前で彼は霞のように消えてしまいました。



 逃げられてしまいました。


 どうして少年が私の名前を知っているのか。


 どこかで出会った?

 ……ですが、残念ながら全く覚えがありません。


 あれほどの憎悪をぶつけてくるほどです。

 何か大きなことが無ければ、ああはなりません。



「……いえ、それは後で考えましょう」


 まずはウンディーネの救出が最優先です。

 謎の少年のことは、帰ってからアカネさんも交えて話すことにしましょう。


「ウンディーネ、大丈夫ですか?」


『リーフィア! うちのことは放っておいて、すぐに戻って! みんなが、みんなが大変なの……!』


 先程から、ウンディーネの様子がおかしいです。

 早く戻れと、そればかりを言います。


「ウンディーネ。何があったのです? 私に教えてくれませんか?」


 ──嫌な予感がします。

 ウンディーネは無事に救出しました。


 なのに、この不安は、一体……。


『リーフィアは誘き出されたの! あの人の目的は、うちを捕まえることじゃない。リーフィアが居ないのを見計らって、あの国を襲撃することが本当の目的なのっ!』






 ────え?






「う、ウンディーネ……いま、なんと……?」


『今すぐ戻って!

 ──アカネが危ない!』



 その時、初めて私は、私の愚かさを呪ったのです。






ホワイトデーですね。

男性の方はちゃんとお返しをしましょうね。


まぁ、私には関係ない話ですが……。

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