失いたくありません
「妾は、そんなリーフィアも愛してしまったのじゃよ」
アカネさんは苦笑しました。
我ながら馬鹿な女だと、自分でも予想外のことだと困ったように……でも、彼女には後悔の一つも無いように見えました。
「妾だって最初は本気じゃなかった。リーフィアにはウンディーネがいる。どうせこちらには振り向いてくれない、形だけの婚約だと諦めていた。……じゃがお主は、大嫌いな面倒事に付き合ってくれた。妾のためだと笑ってくれたことが、今までの何よりも嬉しかった」
「だから、私のことを愛してしまったと?」
アカネさんは頷きます。
「なんですか、それ……ちょろすぎですよ」
「ああ、妾も予想外だ。どうやら妾はもう、リーフィアしかダメらしい」
本気ですね。もう引き返せないやつです。
私だってアカネさんを一生愛する覚悟をしています。
でも、彼女の覚悟はその何倍も強く、固い。
……ああ、なるほど。
いつまで経ってもアカネさんに敵わないわけです。
「じゃから、妾の大好きな夫が辛そうにしているのは、胸が張り裂けそうな思いになる」
「だから行けと言うのですか? 最初で最後の晴れ舞台が台無しになるとわかっていながら、私にウンディーネのところへ行けと、他でもないあなたが?」
「その言葉を聞いて安心した」
「……、……はい?」
いや、こっちが予想外ですよ。
今の言葉の中のどこに、安心する要素があるのですか。
「リーフィアは『最初で最後の』と言った。それはつまり、妾のことを一生側に置いてくれるということであろう?」
「いや、それはそうですけれど……当たり前じゃないですか」
一度愛すると決めたのならば、最後までそれを貫き通す。
それは当然のことでしょう。
もっとも、相手の好意が続く限りですけれど……アカネさんの場合は心配なさそうですね。
なら、私も同じです。
アカネさんが向ける愛情以上に、私も彼女を愛する。
「そんなリーフィアだから、妾は安心してお主を見送れるのじゃ。ウンディーネのことも妾のことも、どちらも一生懸命愛してくれる旦那様の寂しそうな顔は……妾だって見たくない」
アカネさんの笑顔に影が差し込みます。
そんな無理をして笑う必要なんて…………いえ、この状況だからこそ、無理をして笑おうとするのでしょうか。
「…………すぅー……はぁぁぁ…………」
深呼吸。
よし、もう大丈夫です。
「アカネさん、私の言葉を聞いてくれますか」
彼女が頷くのを確認してから、私は過去を振り返るように目を瞑り、静かに口を開きます。
「私は転生者です。元の世界では孤独で、転生してからも私は一人でした」
当たり前のことです。
異世界人は、この世界にとって異物。
でも、最初はそれで問題ないと思っていました。
誰とも干渉することなく、ただ一人で惰眠を貪る。
私はあの世界でもこの世界でも、孤独で満足できると疑う事すらしていませんでした。
「あの子が、初めてだったんです」
ウンディーネは私に興味を持ってくれました。
誰かと話すことが苦手なのに、必死に私のことを呼んでくれましたね。
思えば、あの時に初めて『リーフィア・ウィンド』が誕生したのでした。
──懐かしいです。
私とウンディーネの出会いが全ての始まりです。
いつも彼女は私の隣に寄り添い、見守ってくれました。
そして私も彼女のことを、大切だと思うようになっていました。
「ウンディーネはもう私の一部です。彼女を失いたくない」
いいえ、『失いたくない』は間違いですね。
この際です。
私も正直になりましょう。
「あの子だけは失ってはいけないのです」
「……ははっ、羨ましいな」
アカネさんは小さく笑いました。
「いつか、妾もそう言われたいものだ」
「なっていますよ」
「……なに?」
「もう貴女も私の大切な人です。だから、台無しにはさせません」
これだけは言います。
これだけは曲げません。
「明日には必ず帰ってきます。
──私のこと、待っていてくれますか?」
不可能だと笑われても仕方ありません。
いつもだらしない堕落エルフが何を言っているんだと、自分自身そう思います。
アカネさんは明日をとても楽しみにしていました。
彼女の願いを台無しにするのは──『夫』失格ですよね。
「っ、うむ! 待っている。リーフィアの帰りを待つ。……じゃから、どうか……どうか無事に帰ってきてくれ!」
「ええ、かしこまりました」
アカネさんの体を抱きしめ、「ありがとう」と囁きます。
こんなお嫁さんをいただけるなんて、私は幸せ者です。ますます無駄にはできませんね。
「行ってきます、アカネ」
「行ってらっしゃいなのじゃ、リーフィア」
窓から飛び出し、一気に駆け抜けます。
待っていてください。
ウンディーネ、今から貴女を迎えに行きますから。
だから、どうかそれまで────
「無事でいてくださいね」




