角です
観客からの歓声は湧きませんでした。
皆、ポカーンと口を開き、バリツさんが飛んで行った方角を見つめています。
……案外、勝利の味とは無意味なものですね。
変に注目されるのも面倒なだけです。
そうならない内に、早くここから撤退するとしましょう。
「──リフィ!」
会場を出て、どうやって帰ろうかなと考えていたところ、私は後ろから勢いよく抱きつかれました。
「…………アカネ。急に抱きつくものですから、驚きました」
「ぬ、すまん……心配無いとはいえ決闘なのでな。リフィが勝利してくれて、つい嬉しくなってしまったのじゃ」
抱きつく力が弱くなりました。
一応、注意はしても抱きつくことはやめないのですね。
まぁ、嫌じゃないので別に構いませんけれど。
「あれは勝利とは言えませんよ。勝手に喚いて、疲れて、降参するだけの雑兵でした」
「それはそうなのじゃがな……最初の不意打ちは少しだけ、焦った……」
ぎゅっと、再び腕の力が強くなりました。
「あいつ、観客が見ている前で不意打ちとは、どこまで腐りきっているのじゃ」
おっと、婚約者から殺意が漏れ出しています。
それだけあの一撃に怒りを感じてくれているのでしょう。
でも、問題はありません。
首に回されたアカネさんの腕を、優しく撫でます。
「私は怒っていませんよ。あれは私の不注意で食らった一撃でした。だから怒っていません。……アカネが私の代わりに怒ってくれるだけで、ありがたいのです」
「……前にウンディーネが言っていた。リフィは何を言われても怒らない。だから代わりに自分達が怒ってあげるんだと」
「あはは、あの子なら言いそうですね」
私は苦笑し、頬をぽりぽりと掻きます。
ウンディーネはいつも私の代わりに怒ってくれます。
エルフの件もそうでした。それ以前も、今回も、彼女は私に向けられた敵意に、怒りを感じてくれていました。
だからこそ私は、余裕を持って誰かと接することができるのです。
自分よりも自分のことを大切に思ってくれている人がいる。それはとても安心することで、ありがたいことなのです。
アカネさんも、ウンディーネと同じように怒ってくれた。
なら、私はそれで満足しています。
「全く、お主からは本当に目が離せないな」
「むしろ、他のところに目移りされるのは困りますね」
「……馬鹿め。リフィ以上の婚約者など、この世におらぬ。妾が目移りするわけがないじゃろう?」
「ちょっとその言葉は、申し訳なく感じますね」
「良い良い。妾も理解している上でお願いしているのじゃ。……だが、ちゃんと妾のことも愛してくれよ?」
「もちろんですよ。あっちに戻っても、アカネのことは大切に愛しましょう」
アカネさんを雑に扱うようなことがあれば、ウンディーネは私のことを怒るでしょう。
なんだかんだ、彼女はアカネのことも大好きなのです。だから今回の婚約を許した。……今考えたら正妻公認って、かなり強いポジションですよね。
でも、思うところがないわけではない。
ここは旦那としての実力が試されるところですね。
…………私、女ですけど。
「──そういえば、」
アカネさんは何かを思い出したように、声を弾ませました。
「バリツをぶん殴った時、あの言葉はどういう意味じゃ?」
「え、っと……何のことでしょう」
「しらばっくれるでない。早く答えないと、酷いことになるぞ?」
角をぐりぐりと押し付けながら、アカネさんは脅迫じみたことを言い始めました。こうやっているのだから意味は理解しているのでしょう。でも、あえて私の口から真実を話させようとしている。…………怖い嫁です。これこそ鬼嫁。
「んん? 何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
異様に察しがいいところは、さすが魔王軍幹部の頭脳と言ったところでしょうか。
「……別に、深い意味はありません。ここに来て初めて、私にダメージを与えたのがアカネの角だっただけで、彼の拳はそれ以下だったという話です」
「婚約者としては、少し複雑な言葉ではあるな」
大男の拳より、彼女の角が痛かった。
それは確かに複雑な気持ちになるでしょう。
でも、実際にそうだったのだから仕方ないのです。
「そんな口の悪い婚約者には、こうじゃ!」
「──きゃっ、ちょ、ちょっとアカネ。急に何をするのですか!」
首に巻き付いていた腕が離れたと思ったら、横腹を思いっきり掴まれました。そしてアカネさんの指が忙しなく動き始め……ってちょっとタンマ。本当に、やばいです……!
「ほれ、ほれっ! …………なんじゃ、妾の方がやましい気分になってくるな」
「そう思うなら、ん……今すぐにやめていただきたい、とこ、ろですね……!」
何で妙にこちょこちょが上手いんですか。
──あ、ミリアさんですね。彼女の仕業ですね!
「ちょ、ほんとにやばい、です……」
「うむ。妾もそろそろやばい」
「だったら止まっ────ぁ」
そろそろ本気で文句を言ってやろうと振り返り、アカネさんの後方が見えた時、私は全ての動きを停止させました。
「ん? なんじゃ急に反応が無くな────ぁ」
私と同じようにアカネさんも振り返り、そして動きを停止させました。
そこには──
「その、なんだ……そういうのは二人きりのところでやってくれ」
「まぁまぁ、仲がよろしいことで」
「(ニヤニヤ)」
右からお義父さま、お義母さま、くそ魔王。
その後ろには、会場から出てきた観客の方々が立っていました。
「…………いつから、そこに」
その質問に口を開くのは、くそ魔王ことミリアさん。
それはたったの一言。
でも、私には十分な効果がある言葉でした。
「角」
──ダッッッ!
「あ、ちょ、リフィ!?」
これ以上この場所に居たくない。
反射的にアカネさんを抱きかかえ、走り出しました。
私はリフィ・ウィンド。
毎回恒例の逃げ台詞なので、以下略です。




