面倒事の予感です
ご両親への挨拶と言っても、あまりやることはありません。
簡単な挨拶は出会った時に済ませてしまいましたし、式の準備をするのは全て向こう側がやってくれるようなので、はっきり言って何もすることがありません。
強いて言うならば、婚約者としてアカネさんの側に居続けることが私の役目でしょうか?
……でも、そんなアカネさんも、ちょっと前にここの使用人さんに呼び出されて、慌ただしく何処かへ行ってしまいました。
なので今は、私一人でベッドの上でゴロゴロしています。
──うん、いつも通りですね。
「はぁ……抱き枕が欲しい」
そのためにミリアさんを呼びつけるのは、なんか嫌です。
抱いて気持ちが良く、安心できるのはウンディーネなのですが……彼女はアカネさんに遠慮しているのか、近くにいることはわかっても、姿を現してくれません。時折、どこかに飛び立つ時がありますが、この国の外に出ている様子は無いので、好きにさせています。
「だとしても……やっぱり暇ですねぇ……」
アカネさんはどこに行ってしまったのでしょう?
すぐに戻ると言って、かれこれ一時間は経過しています。
何か、面倒事に巻き込まれていなければいいのですが……。
「ウンディーネ。そこに居るのでしょう?」
返事はありません。
ですが、テーブルの上にあるコップの水が、不自然に揺れました。
「様子を見てきてくれますか? お願いします」
何かが部屋から出て行く感覚。
……どうやら、行ってくれたみたいですね。
何かあった時にすぐ動けるよう、私はいそいそと服を着替えます。
「ん、しょっと……ふぅ……」
前はあんなに苦労していたサラシも、慣れてしまえば一人でどうにかできちゃいます。もう着替えるたびに死にかけることはないので、そこは安心です。
「……さて、と」
目覚めの一杯に、部屋に備え付けられている珈琲を淹れます。
生前では毎日お世話になっていた飲み物ですが、この国に来て初めて見ました。
他のところでは出回っていないらしく、以前にこの珈琲を他のところでも売ろうとしたところ、苦すぎて誰からも人気を得られず、この国だけの名産となっているようですね。
でも、和風の飲み物って抹茶とか、お茶とかじゃないの?
……とか思ってはいけません。ここは異世界。細かいことを気にしたら負けなのです。
「久しぶりに飲みましたが、流石に、こっちのはあまり美味しくありませんね」
ちょっと残念な味です。
もう少し焙煎方法を工夫すれば、もっと美味しくなるでしょう。
他国で売れなかった原因は、この味も関係していそうですね。
──ドタドタドタッ!
「……ん?」
珈琲について様々な考察をしていると、何やら遠くの方から騒がしい足音が聞こえてきました。
気のせいかと思ったのですが……徐々にこちらへ近づいて来ていますよね、これ。
『リーフィア!』
と、そこで慌てた様子でウンディーネが部屋に戻ってきました。
余程の緊急事態でも起こっているのでしょう。
すぐに私と連携を取れるよう、実体化までしています。
「そんなに慌てて、どうしました?」
『あ、良かった……ちゃんと着替えてる』
「着替えている? それはどういう──」
──どういう意味ですか?
そう質問しようとしたところで、部屋の扉が荒々しく開かれました。
同時に、ウンディーネも姿を消してしまいます。
「…………部屋に入る時はノックをしなさいと、親に教わらなかったのですか?」
折角、ウンディーネと久しぶりにお話し出来ていたというのに、その邪魔をしやがったのは何処のどいつですか。
私はギロリと、部屋の入り口を睨みます。
するとそこには、私の体格の二倍はあると思われる大柄な男が立っていました。
鋭く生え揃った牙と、逆立った尻尾。
ギラつく瞳は一直線に私を射抜いていました。
これは……獣人という種族ですかね。
この世界に来て初めて見ましたが……はて? どうして敵意を向けられているのでしょう? 彼とは初対面だったと思うのですが、何かしましたかね?
服装を見た感じ、ここの使用人ではありません。
だとしたら部外者の侵入? ……ええ、警備どうなってるんですか?
「お前が、お前が……!」
荒々しい呼吸。指を向けられた私は、コテンッと首を傾げます。
「人を指差ししてはいけませんよ?」
「うるさい! 俺様に指図するな、このもやし!」
その罵倒、この世界にもあったのですね。
ちょっと感激です。
ってあれ? この世界に『もやし』ってありませんよね?
……謎です。
「なに笑ってやがる!」
「いえ、笑っていませんよ。……で、誰です?」
「お前がリフィだなっ!」
「人の話を聞いていただけますか? 貴方のお名前は?」
「俺様と勝負しろ!」
やだこの人、話通じない。




