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「やばっ……!」


 すぐに状況を理解した私は、左腕でウンディーネを抱きかかえ、その場から走り出しました。


 後ろに異形がいるとか、敵に背を向けるとか、そういうのを考えている場合ではありません。


 ──とにかく逃げる。

 それを最優先に、私は脇目も振らずに全速力で足を動かします。






 ですが、私が逃げ切るよりも早く、それは異形との衝突を迎えようとしていました。



『リーフィア! 墜ちる!』


 ウンディーネの言葉が搔き消えるほどの爆音と衝撃波。

 肌を焼け焦がすほどの熱風が、物凄い速さで吹き荒れます。


「──くっ!」


 私は咄嗟にウンディーネを抱きしめ、彼女を爆風から守ります。

 背中に感じる凄まじい熱に呻き声が漏れますが、まだ炎属性耐性がカンストしている分、まだ少しだけ耐えられます。


 いえ、耐性がカンストしているのに、それを突破して熱量を感じさせる、あの魔法の方がおかしいのでしょう。


 振り向くと、先程まであったはずの緑豊かな森は消滅していて、代わりに焼け焦げた大地が広がり、その中心には巨大なクレータが出来上がっています。



 ──いったい、何を考えているのか。

 あれを墜としたであろう犯人を頭に思い浮かべながら呆れたところで、更に私を呆れさせる遠吠えが耳に届きます。




 ──オオオオオオオォ──




「…………あれを食らって、まだ生きているのですか」


 それは、今はもう聞き慣れた魔女達の叫びでした。 

 異形は大きく抉れたクレーターの中心で、ポツリと佇んでいます。



「なんか、ピンピンしているように見えるのは気のせいでしょうか?」


『うん。ピンピンしてるね』



 私とウンディーネは、もうすでに戦意喪失していました。


 無数にある漆黒の腕をわちゃわちゃと動かしながら、異形は上を向き、まるでそこに何かが居るように、何度も叫びます。




「なんだ、まだまだ元気ではないか」


 その人は腕を組んで獰猛に笑い、威嚇するように叫ぶ異形に臆することなく、彼女達の前に降り立ちました。



 ──オオオオオオオオ!!──



「……ははっ、知性に溢れていたはずの魔女の成れの果てが、知性の欠片も残っていない化け物とは、随分な皮肉ではないか?」




 ──オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!──



「そう吠えるな。みっともない姿が、更にみっともなく見えるぞ?」


 異形は身体中の腕を震わせ、新たに姿を見せた人物を取り込まんと前進します。

 それは私とウンディーネが力を合わせ、ようやく拘束できた突進と同じ──いや、私の腕を取り込んで巨大化した分、より凶暴になっているはず。



「──逃げて、ミリアさん!」



 私は叫びます。


 彼女はあれを封じ込める手段を持たない。

 あれに取り込まれたが最後、抜け出すことはできない。


 彼女がどうしてここに居るのか、それはわかりません。

 ですが、こんなところで彼女を失うわけにはいかない。


 手助けしようと、なけなしの魔力を込め──





「もう少し、余のことを信じるがいい」



 ミリアさんはこちらに振り向き、口の両端を釣り上げ、いつも通り偉そうに笑いました。


「まぁ、見ていろ」




 ──オオオオオオオオオオオオオオオオ!──




 すでに異形は、ミリアさんの目と鼻の先。



 ──漆黒の腕に取り込まれ、彼女の小さな体が黒く変色する。

 そんな未来を想像した私でしたが、そんな未来はいつまでも来ることはありませんでした。


「…………え?」


 異形は動かなくなりました。

 あれだけ忙しなく動いていた無数の腕は、ピタリと、その動きを制止させています。


 ミリアさんが何かやったようには見えません。

 魔法の詠唱も、口の動きも、ミリアさんは何もせずに、ただ笑っているだけ。




『リーフィア。ミリアちゃんの、目を見て』


「目……?」


 見ると、ミリアさんの瞳は真紅に輝いてました。


「まさか、魔眼……?」


 ミリアさんが魔眼の持ち主だということは知っていました。


 ですが、いつも私には効果が無く、何も使えない能力だと思っていました。


 …………本当に、魔眼で異形を止めたというのでしょうか?




 ──オオオオオオオォ──




「……驚いた。余の魔眼で睨まれてもなお、声を出せるとはな」


 ミリアさんは驚いたようにそう言いますが、余裕の表情を変えることはありません。


 少しの抵抗はされても、絶対に拘束からは逃れられないとわかっているから、彼女は態度を改めないのでしょう。




 敵を前にしても不敵に笑い、圧倒的な力でねじ伏せてみせるその様はまさしく──魔王。




「だが、少しうるさいな」



 ──オオオオオ!──



「──うるさいと、言っている」



 その一言で、異形は口を閉ざしました。


 魔眼で支配下に置いた影響なのでしょうか。

 …………何にしても、凄まじい能力です。


 もしかしたら、ミリアさんと最初に出会ったあの時、私が『状態異常耐性』を持っていなかったら、異形のように何もできずにやられていたかもしれませんね。




「貴様らの苦しみや悲しみ。怒りと憎しみ。痛いほどに理解している。だが、お前達の存在を容認はできない」




 ──だから、余が終わらせてやろう。


 ミリアさんは人差し指に炎を宿し、異形に向けてそれを放ち、小さな炎は瞬く間に異形を包みました。



「哀れな魔女達よ。安らかに眠れ」



 ──オオオオオオオォォォォ……──



 抵抗できないまま、魔女だった者達は灰すら残らず燃え尽きました。


 もう、彼女達が苦しむことはない。


 ミリアさんの言葉を借りるわけではありませんが、どうか彼女達に安らぎあれと、私は願います。






 何はともあれ、これで、ようやく終わったのですね……。


『リーフィア……?』



 安心したから、でしょうか。

 少し、体に力が入らなく────


『リーフィア!』


 踏ん張ろうと足に力を入れたはずなのですが、気が付けば私は、地面に横たわっていました。


 ……あ、はは……もう、動く気力もありません。


 思い返せば、今日は頑張りすぎましたね。

 魔力を酷使したり、右腕を失ったり……本当に、疲れました。



 …………ああ、眠い……。

 まだやるべきことはあるのに、体が言うことを聞いてくれません。



 ごめんなさい、ウンディーネ。それにミリアさん。


 あとは、任せました。




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