帰ってきました
「リーーーーーフィアァアア!」
「あらよっと」
「アアァアアアうぉあぁああああ!??!???」
馬車を降りたと同時に突撃してきた小さな影。
私はその人を見ることなく、身を翻して衝突を避けます。
そのすぐ後に私の横を何かが通り過ぎて、馬車の中にダイブ。戻って来る前に扉を閉め、鍵を掛けました。
「おい! 開けろ! 開けろぉおおおおお!」
──ドンドンッ! と内側から扉が叩かれます。
その勢いに馬車の持ち主である御者の方がビクビクしていますが、流石のお子様でもそこまでのことはしないでしょう。……多分。
でも、このまま放置は後々に面倒なことになりそうですし、御者も可哀想です。
「あらミリアさん。そんなところに居たんですか?」
「お前っ! 折角の登場シーンを台無しにしたな!?」
「台無しにしたって……そこまで良い登場でもなかったと思いますが?」
「細かいことを気にしたら負けだぞ!」
「あっ、はい」
細かいことではないと思いますが、ミリアさんがそう言うのであれば、そういうことにしておきましょう。
それに、まずは挨拶しなければなりませんからね。
「ミリアさん。以前にもお会いしたと思いますが、古谷さんです」
「お久しぶりです。古谷幸樹です」
「うむっ! リーフィアから話は聞いている。我が配下、ディアスを助けてくれたらしいな。魔王として感謝するぞ!」
「いや、当然のことをしたまでです。それに、魔王に感謝されるのは気持ち的に複雑です」
「余とお前は、魔王と勇者。対等な立場である。そう畏まらなくても良い」
「そうかい? それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
立って話すのも何だということで、私達は移動することになりました。
古谷さんを客室に案内した私達は、彼に一旦待っていただくように言ってから、執務室に集まりました。
中にいるのは私とウンディーネ、ミリアさん、ヴィエラさん、ディアスさん、アカネさんの六人。
「まずは、心配かけて申し訳ねぇ」
「助かった。感謝する。リーフィア。そしてウンディーネよ」
ディアスさんとアカネさんの二人は頭を下げ、私達に感謝の言葉を述べました。
「いえいえ、お二人が無事で安心しました」
『間一髪間に合って、本当に良かった……』
私達は感謝の言葉を望んでいませんでした。
味方を助けるのは当然のことであり、それに対して何かを求めたいとは思っていません。
ディアスさんに貸し一つと言ったのは、その時のテンションです。本気で何かを貰おうとは思っていませんでした。
……ああ、私の生活を暴露したことは根に持っているので、その借りは返させてもらいます。
「妾の方は、まだどうにか持ちこたえられていたのじゃが、ディアスの方はギリギリだったようじゃな」
「ああ、リーフィアが来てくれなかったら、本当にやばかった」
「そうですか。全力で走った甲斐がありましたね」
そう言った瞬間、その場の空気が固まったように感じました。
執務室にいる私以外の全員がこちらを見て、微妙な顔をしています。
……何か言いたそうですが、どうしたんでしょう?
「リーフィア。お前今、走ったと言ったよな? 思い返せば、俺が助けを求めた時から10分程度しか経っていなかったが、お前も偶然近くにいたのか?」
「……? いえ、普通に魔王城に居ましたけど?」
「連絡を聞いてから、走ったのか?」
「はい。ちょっとした用事で外に行っていて、帰ってきたら妙に騒がしかったので、もしかしたらと思い急いで執務室に行くと……予想通り嫌なことが起きていて焦りました」
「なぁ、走ったんだよな?」
「だからそう言っているではありませんか」
「帰るのに、馬車で一週間かかったよな? お前、それなのに走って10分程度で到着したのか?」
「ですねぇ……いやぁ、私って意外と速かったんですね。自分に驚きです」
「…………なんじゃ。魔王軍にリーフィアが居て本当に良かったと、心からそう思うぞ」
アカネさんが感慨深く呟き、他の方々も同意したように頷いています。
「本当にリーフィアとウンディーネには感謝している。もう少しで余の大切な友人達を失うところだった」
ミリアさんは深刻な表情を浮かべ、私達に頭を下げます。彼女に釣られて、三人も頭を下げました。
……なんか、むず痒いですね。
「感謝するのはそこまでにしてください。私は感謝されたくて助けたわけではありませんから。感謝するならウンディーネに言ってください」
『うちはみんなが悲しむ顔を見たくないから、頑張っただけ……感謝するなら、リーフィアに……』
「──ん?」
『──ん?』
私とウンディーネはお互いに顔を見合わせます。
「いや、頑張ったのはウンディーネでしょう。私のお願いのために、危険なところに行ってくれたんですから」
『違うよ。リーフィアが一番頑張ったもん。助けるために迷うことなく飛び出して、かっこよかったもん』
「それこそ違います」
『違くないもん』
「いいえ、ウンディーネの方が頑張りました」
『リーフィアの方が頑張った!』
「ウンディーネが──!」
『リーフィアが──!』
「二人とも、そこまでにせい」
白熱する私達を見かねたアカネさんは、間に立って仲裁に入ります。
その表情は呆れを隠しきれておらず、彼女は「はぁ……」と溜め息を吐きました。
「痴話喧嘩を聞かされるこちらの身にもなってくれるか?」
「別に、痴話喧嘩では──」
「いや、お互いに想っていて、お互いを褒めちぎって喧嘩するとか……ただの痴話喧嘩じゃろう」
「…………むぅ……」
私は言い返せませんでした。
痴話喧嘩というのを肯定したわけではありませんが、皆が見ている前でお互いを褒めまくったら、そりゃ呆れられる決まっています。
「でも──」
「もういいから」
「…………はい。すいません」
ウンディーネに頑張ってもらったのは本当のことですが、確かに今はそのことで口論している場合ではありません。
……彼女には、後で私がめちゃくちゃ褒めてあげましょう。
「まずは勇者について、ですね」
私の言葉に、ヴィエラさんが頷きます。
「ああ、そうだね。ディアスを助けたのが彼というのは理解しているけれど、魔王城に勇者が居るというのは色々と問題がある」
それはそうでしょうね。
魔王の天敵である勇者が居ることで、この城の兵士がピリピリしています。
ディアスさんを助けたということは、ヴィエラさんの口から事前に説明したようですが、それでも勇者という先入観が彼らの警戒心を強くさせているのでしょう。
「まずは彼を呼んできます。場所はこのまま、この執務室でいいですよね?」
「うん。頼むよ。このまま放置していると、彼の精神面も心配になるからね」
兵士が喧嘩を売るということはないでしょうが、古谷さんはそのことがわからないので、心身共に落ち着かないでしょう。
このまま放置…………というもの面白いのですが、普通に可哀想なので迎えに行ってあげましょう。
「では、行ってきます」
『あ、うちも一緒に行く』
「ええ、では一緒に行きましょう」
私はウンディーネを連れ、執務室を出ました。
……いつも以上に遅く歩いたのは決してわざとではないと、ここに言い訳します。




