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夜の森の中で……

 ──パチパチと、焚き火の音が暗い森に木霊します。


「…………」


「…………」


「…………」


 私、ディアスさん、そして古谷さん。

 三人で火を囲みますが、そこに会話はありません。


 ……というか、私は半分以上夢の中です。暗い森の中、焚き火以外の音は聞こえず、時々風がそよいで木々が揺れる程度。森に生存する魔物は全て駆除してしまったので、夜間に襲われる心配はありません。


 そんな中で横になっていれば、眠くもなります。


 二人はまだ眠くないのか座ったままで、揺れる火を静かに見つめていました。


 ちなみに、他の兵士達は少し離れた場所で野営をしています。


「ねぇ、リーフィアさん」


「……ん、ぁい……なんです?」


 目を開けないまま、呼びかけに答えます。

 声は小さいです。夜間だから声を抑えているのか、それとも気分が落ちているのか。どちらとも取れるような声は、焚き火の音といい勝負です。


「ずっと前から、リーフィアさんに聞きたいことがあったんだ」


「ん、ぅ……私にですか? 途中で寝落ちしてもいいのなら、聞いてあげますけど……」


 相変わらず『睡眠優先』な私に、苦笑した声。

 それは古谷さんからなのか、話を黙って聞いているディアスさんからなのか、はたまたどちらもなのか。


「リーフィアさんは、さ……自分から魔王軍に入ったの?」


 何を言い出すのかと思えば、魔王軍に関しての質問でしたか。


 私が自分の意思で魔王軍に入ったのか。それを聞いて彼の中で何があるのかわかりませんが、答えると言ってしまった手前、やっぱり無しと言うのはやめましょう。


 ディアスさんは、このことに口を挟むつもりがないようです。

 好きに話しても構わない。ということでしょう。


「私は、森で眠っているところでミリアさんと出会い、勧誘されました」



『よしっ、リーフィアよ。余の配下となれ!』



 今となれば、懐かしい記憶です。

 あの時、彼女と出会っていなければ、こうなっていなかった。私は相変わらず、ウンディーネと一緒にあの泉で惰眠を繰り返していたことでしょう。


 ……本当に、懐かしい記憶です。


「最初は入る気なんてありませんでした。でも、ミリアさんはどうしてもと、様々な条件を提示してきましたね」


「俺も、それはミリアから聞いたことがある。どんな条件を言っても、首を縦に振らなかった。でも、最後の抵抗に言った言葉が、リーフィアにとっては最高の条件だったらしい、と……」


「リーフィアさんが頷いた条件? 気になるなぁ」


「そんな、別に面白くないと思いますよ?」


「いや、気になるよ」


「俺も気になるな。なんて言われたんだ?」


 古谷さんも、ディアスさんも、マイペースを貫く自由人の私が頷いた条件とやらに、興味津々な様子でした。


「三食昼寝付きな生活と、最高級のベッド。そう言われました」


「三食昼寝付き……」


「最高級のベッド……」


 私の言葉を反芻した後、二人は同時に吹き出しました。


「ちょっと、笑わないでくださいよ」


「……い、いや……ぷっ……! ……だってよぉ……まさか、そんな条件で入ったとは!」


「い、いかにも、リーフィアさんらしいな、って……! ごめっ……くくっ」


「……ったく、二人して馬鹿にして。私にとっては重要だったんですよ」


 睡眠と食事が提供される場所。すなわち養ってくれる場所が、私にとって一番の場所です。だからその条件に頷きました。


 ……そういえば、ウンディーネにも驚かれましたね。


「まぁ、そうだわな。リーフィアはずっと寝っぱなしだもんな」


「え、そうなの?」


「ああ、普段のこいつは凄いぞ。なんせ、執務室にベッドを持参して、雑務に追われている俺達の前で堂々と爆睡するくらいだからな」


「えぇ……? リーフィアさん、流石にそれはまずいと思うよ?」


 思いっきり私の自堕落生活を暴露しやがったディアスさんには後で罰を与えるとして、今は古谷さんからの疑いをどうにかする必要がありますね。


「私の仕事は別にあるので、サボっているわけではありませんよ。なので私は悪くありません」


 むしろ、ちゃんと毎日執務室に行っていることを褒めて欲しいです。……まぁ、褒められたところで何とも思わないので、褒めても無駄ですが。


「リーフィアさんの仕事か……」


「あ、流石にそこまでは教えませんよ? 古谷さんなら大丈夫でしょうけれど、もしバレたら面倒なことになるので」


「わかってるよ。俺だって、そこまでは聞くつもりないさ。ただリーフィアさんもやることをやっているんだなぁ……って思っただけ」


 ディアスさんが肩を震わせています。


 おそらく「リーフィアもやることやっている? くくっ、面白い冗談だ」とか思っているのでしょう。

 これは後で請求する『貸しの返還』で吹っかける内容を重くする必要がありそうです。


「でも、そうか……リーフィアさんは、魔王を慕っているんだね」


「……どうして、そう思うのですか?」


「だって、あの時、城で話していた時も楽しそうだったし、勧誘されたと話していたリーフィアさん……懐かしそうだったからさ。そうなのかなって」


 ……驚きました。


 古谷さんは空気の読めない残念系イケメンだと思っていたのに、いつの間にかちゃんと『人』というものを観察出来るようになっていたのですね。


 本当に、彼の中で何があったのかが気になるところですが、それは勇者としての覚悟なのでしょう。魔王軍幹部である私が安易に聞いていいことではありませんよね。


「……………………」


 思い返せば、古谷さんの第一印象は最悪でした。


 ちょっとしたドヤ顔と無駄にイケメンな顔つきにムカつき、何度顔をぶん殴りたいと思ったか。

 空気の読まない発言と、勇者としての自覚がない弱音。何度説教をしようかと思ったか。

 勇者なのに世界を救う気がない彼を、何度心の中で見限ったことか。


 最後の別れ。私が彼を殺さなかったのは、単なる気まぐれです。


 古谷さんは勇者であり、将来は私達に敵対する人間。

 あの場で殺しておくのが良かったのは確かですが、彼だって強制的に召喚された罪の無い子供です。私達の、この世界の都合で彼の運命を終わらせるのは、気が引けた。それだけの、本当の『気まぐれ』でした。


 でも、今は生かしておいてよかったと思います。

 古谷さんは旅を始め、こうして身も心も強くなった。


 それは意味のあることです。

 ミリアさん達の脅威になり得る相手を見逃しただけかもしれませんが、私はこのような結果になって満足している……んだと思います。まだ自分自身の心は理解出来ないところがありますが、今の現状、悪い気はしません。



「……リーフィアさん?」



 ……古谷さんの声。


「…………」


 私は、私を呼ぶ彼の声が遠ざかるのを、どこか他人事のように聞いていました。


「おやすみなさい。リーフィアさん……」


 そして私は、静かに意識を落としたのでした。

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