断章-8
ツナデは考える。
モミジは忍術、体術の両方でツナデを上回っている。
(――本当に? なんかおかしくない?)
話からしてツナデとモミジが忍者を志した時期は近いか、僅かにツナデの方が早い。モミジが先天的な天賦の才覚の持ち主であったのならば納得は出来るが、あのマーケットでは護衛や戦奴隷などの戦士の才能も考慮されていた。術者の適正は別として、身体能力については才能があったとは思えない。
では、実は転生者だったという可能性はないか。
結論から言うと、転生者にある特有の気配はヒミコ――モミジからは一切しない。感覚的なものもあるため確たることは言えないが、ツナデはこうした感覚をあまり外したことがない。
ただ、突然「オレ」を自称し始めた今のモミジには違和感がある。
長らく時間の隔たりがあって彼女にも色々と人生を左右する出来事があったことだろうが、ジライヤと同じく一定の条件で本性めいた性格が表出するとでもいうのだろうか。
(そもそもモミジは何で素手の戦闘とあの木の化物で二手に分かれた? 分身も活用しないし、その戦い方は強力だけど効率は悪い筈)
今も砲撃を浴びせてくる木の化物だが、あれは恐らく遠隔操作であって自律して動いている訳ではない。砲撃の一つ一つに人間の意図を感じる。それだけに手強いのは確かだが、今のモミジの猛攻と術としての高度さにギャップを感じてしまう。
単独でこれだけの力があるなら、固定砲台と言わずもっと近距離で追い詰める方法があってもいい。むしろ、巨大な一塊の砲台は同じく巨大なものをぶつけられると無力化されるリスクがある。つまり、力の使い方に無駄が多く感じてしまう。
(なに、この違和感……理詰めで追い詰めてきてはいるのに、どこかギャップがある)
連携や盤面の詰め方は確かに高度で、ツナデ以上だ。
しかし、忍者としての彼女の在り方がブレていて見えない。
ツナデは焦るふりをして相手をよく観察する。
そして、違和感に気付く。
(こいつ、忍術あんまし使ってなくない?)
忍者の術を披露しなくても圧倒的な身体能力で敵を打倒することは可能だ。
しかし、忍術を織り交ぜた方が決定打になる。
なのにモミジはいつまで経ってもそれをしない。
勿論、あの木の化物との併用ではこれが限界という可能性はある。しかし、忍者的にはあらゆる局面に柔軟に対応できてこそだ。そんな初歩的なことが出来ていない相手にツナデは後れを取らない。
ツナデは現在と過去のモミジの忍術を思い出し、そしてあることに気付く。
(気のせいじゃない、こいつまともに忍術を使ってない! 体術を使い始めて以降――つまり『オレ』とか言いだしてから!)
手裏剣術は、チャクラム使いのスキルとほぼ同じなので忍者でなくともあの大型手裏剣は使いこなすことが出来る。そう考えると、今のモミジは忍者要素がまるでない。
幾らなんでもこの戦法はおかしかった。
(可能性は二重人格。パーソナルスキル。転生者……)
これまでに出会ったり記録を見た限りで違和感に符合するものを探す。
そこに、ツナデが感じた印象を混ぜる。
(……試してみるかにゃ、あのニオイの正体を!!)
ツナデは、切り札の一枚を切った。
「シ・ノ・ビ・アウェイク!!」
ツナデの叫びに呼応するように、全身ぴっちりなツナデの忍者スーツが光に包まれる。唯の光ではなく、それは魔力ともオーラとも違った輝きと共に強力なバリアを発生させ、モミジの蹴りが押し返される。
「なにっ!?」
「乙女の変身は誰にも止められにゃいのにゃ!!」
防いだことは単なる福次効果に過ぎない。
本命は、任務中に偶然見つけた伝説級の忍者装備の着用にある。
誰が作ったのかも分からないそれはツナデが常に身体のどこかに隠し持っている指輪によって発動し、持ち手に強力無比な装衣を着用させる。曰く、まるで魔法少女の変身の如くで、その装衣の形状や特性は持ち手の心から逆算されたものになるという。
では、ツナデの持つ忍者としての特性とは何か。
そんなのは決まっている。
それは、お色気だ――!!
「カグラドレス、メイクリリ~~~スッ!!」
隠れるべき所を覆う謎の光を除いて全ての地肌が曝け出されたツナデの周囲を光の帯が舞い足、腕、胸と纏わり付くと装衣を形成していく。大胆に、力強く、情熱的に形作られたその衣装は――余りにも露出度が高すぎた。
地肌スケスケでちょっとだけ肌に食い込み、太ももの柔らかさを主張する網タイツ。剥き出しですべすべの脇。大胆にも晒されたへそ。胸周りには忍者の意匠が感じられなくもないアーマーがつくが、胸の形はくっきり出ているどころかかなりきわどいラインを攻めており、上ではなく下の乳房がわざと見える形状になっている。
股間も一応アーマーで隠れてはいるが、非情にきわどい上に絶妙に見えそうな透明度の布で申し訳程度に隠されているせいで逆に「穿いてないのでは?」と疑念を抱かせる設計になっている。
当然、キャットマンの特徴である耳と尻尾は装飾を加えつつも元の形状をしっかりアピールしている。
これでブーツ部分や手の部分、髪飾りなど部分的には格好の良いデザインになっており、完全に性的な部分に振っている訳ではないのが性質が悪かった。
「本気の身体、見たけりゃ見るがいいにゃッ!!」
びしっとポーズを決めたツナデは、思いっきりわざと胸や太もも、二の腕がぷるんと揺れる動きでモミジに見せつけた。
その結果――。
「う、わっ……!!」
モミジは赤面し、鼻の穴を膨らませてツナデの裸体をガン見した。
「うわー、童貞の反応だにゃー」
「童貞ちゃうわ!! ……はっ!?」
反射的に言い返したモミジの鼻からつつー、と、血が垂れる。
言い訳のしようもない鼻血に、ツナデは蠱惑的に微笑んだ。
「にゃふふふ……恥ずかしがることにゃいにゃ。男は結局こーゆーのが好きにゃ生き物にゃのにゃ」
今のポーズはただ単に誘惑した訳ではない。
装備による男性魅了効果に加え、ツナデ自身の魅了の幻覚も上乗せし、ポーズも誘惑系スキルを用いた完全な男殺し技だ。
最初から魅了が来ることを前提でガチガチに対魅了装備を固めていたとしても、少しでも耐性が足りないと興奮だけで鼻血噴出必至。耐性が低い相手なら女性にも刺さるほどの破壊力を誇る。
モミジはそれに完全に反応していた。
ツナデの見立てではモミジの装備と性別、レベルを考えると流石に効かないと思われたが、今のモミジには軽度で済んだとはいえ明らかに効いている。
つまり、『オレ』を名乗る状態のモミジの精神は、自認的にも判定的にも男でなければおかしい。そのような状態になる転生特典をツナデは知っている。
「おみゃー、モミジでもヒミコでもにゃいんでしょ?」
「な、な、何を馬鹿なことを……! オレが、オレにしか知り得ない情報を口にしたのをもう忘れたか!!」
「なーんか誰かから借りてるような? 心の中のもう一人の自分に確認取りながら選んだような言葉で違和感バリバリだったにゃ。あと、なんか説教にドーテー臭さを感じたにゃ」
「だから童貞ちゃうわ!!」
「それ、その言葉。ドーテー転生者がよく言う言葉だよにゃあ?」
「……ッ!!」
その言葉を以てして、ツナデは目の前のモミジに感じた違和感の正体を確信した。
「おみゃー、さてはモミジの肉体に間借りしてる転生者だにゃ? それも、魂だけで他人に憑依してるタイプ。自認と違う性別に入り込んだのが仇ににゃったみたいだにゃあ!!」
モミジが自らを『オレ』と称して以降、忍術の類を使わない理由。
巨大な木の怪物、『神木ノ鎧冑』による砲撃という手段の違和感。
「モミジは術者タイプ、おみゃーは近接タイプ。二人を合わせれば総合的に私を上回れる。でも、肉体の主導権を握れるのは一人だけ。にゃんとか裏技運用方法であの木のバケモンを操れはしたものの、今のおみゃーは忍術使えにゃいんじゃにゃいかにゃ?」
「なら、勝手にそう思ってろ!!」
「鼻血垂らしにゃがらでにゃきゃ説得力あったのににゃあ!!」
「く……くっそぉぉぉぉ!!」
ツナデの嘲笑が図星だったのか、モミジの肉体を操る男は歯を食いしばって悪態をつく。
既に魅了に引っかかった時点で誤魔化すことは不可能だった。
そして、タネが割れればモミジを倒す方法は絞り込める。
ツナデはこの情報を引き出す瞬間を待っていたのだ。
「出血大サービスでこの魅惑のボディを存分に堪能するといいにゃ? ま、出血するのはそっちだけどッ!!」
これはライカゲの教えを元にはしているが、ライカゲに求められた戦い方ではない。ツナデが自分の武器と得手不得手を考え抜いた末に己の意志で編み出したスタイルだ。
ツナデは男女平等主義者にも女嫌いにもポリティカルコネクトレスを信奉する者にも、この戦い方を何一つ恥じる気持ちはない。
何故なら、忍者として、一人の女として、目的遂行のための揺るぎなき覚悟があるからだ。
自らの艶めかしく美しい肢体を存分に曝け出して、ツナデは反転攻勢に出た。
魂だけの転生者にはいくつかタイプがあるが、ドルトスデル廃要塞でハジメ達の前に立ち塞がった転生者シズコのように人に取り憑くタイプはツナデの知る限りでは珍しい。
多くが長き刻を経て成仏している、ないしさせられているため今も憑依を続けている転生者が少ないというのもあるが、他人の人生に間借りするように既にある肉体に勝手に居候している場合の方が多い。
一般的には二重人格と勘違いされやすいが、実際には成り立ちからして全く異なるものだ。
目の前の童貞モミジが憑依タイプだったと仮定した場合、木の術で仮初めの肉体を作らせてそれに宿れば問題は解決する。逆にモミジがあの『神木ノ鎧冑』に魂を反映させているというパターンも考えたが、だとすればやはり運用に無駄が多い気がする。
切り札としてそうしたものを温存しているという可能性はある。
だとすればツナデはまんまと札を切らされたことになる。
それでも童貞モミジにお色気が通ることが判明したので差し引きはゼロだ。
逆の可能性とそれへの対抗手段を並列で処理しながら、ツナデは童貞モミジに近接戦闘を仕掛ける。少し前までは無謀な行動だったが、今は違う。
「ちょいやー!!」
「うっ!!」
「そりゃー!!」
「うわっ!!」
斬りかかる際に下乳を強調してから動いたり、わざと大股を見せつけるよう蹴りを放つ度、面白いくらいに童貞モミジの動きが鈍る。端から見ると非常に情けない。なまじツナデより近接戦闘能力が高いために、目に見える全てを正しく認識して引っかかってしまう。
しかも、今のツナデは装備品の分だけパワーアップしているため、今更魅了を防ぐ為に元のモミジに戻ったところで押しきられてしまう。
「このぉ……!! 『神木ノ鎧冑』、オレごと撃てぇッ!!」
「ま、そうくるよにゃ~?」
ツナデを引き剥がせないとしても、モミジには『神木ノ鎧冑』による長距離援護射撃がある。多少の巻き添えを覚悟すれば充分優位に立ち回ることは可能だろう。
だが、そうはさせない。
『神木ノ鎧冑』の下の地面がぼこりと盛り上がり、中から分身ツナデが姿を現す。本格的な戦闘が開始される前に周囲のあちこちに潜ませていた分身の一人は、頭上の怪物を黙らせる為に巻物を取り出し、召喚魔法を発動する。
ツナデは嘗て師から受け継いだ巨大召喚獣が一体を預かっている。
ツナデ自身、修行以外でこの力は余り使ったことがないが、負けないという一点に関してこの召喚獣は他の追随を許さない。
「召喚、アブラナメ!!」
――アブラナメは曰く、若かりし日のライカゲが満足いく強さのナメクジの召喚獣を探し回った結果、ナメクジでは無理なため妥協でナメクジに見立てた魔物だ。本当に魔物であるのかはやや怪しいようだが、使役する分には問題はないらしい。
その正体は――生物と呼んでよいのか疑わしい、超巨大で冒涜的な触手の塊である。
召喚の光と共に分身ツナデをも巻き込んで吹き出るように噴出したそれは、吸盤のないタコかイカのようなぬめりある触手。
海に住まう怪物クラーケンにも匹敵する太さだが、問題はその量だ。巨大な船をも絡め取るサイズの触手はなんと百本近い大質量で『神木ノ鎧冑』の全身を絡め取る。『神木ノ鎧冑』は抵抗するように魔力砲を放って張り付く触手を焼き切り、更に砲撃を湾曲させて真下を爆撃するが、千切れた側から新たな触手が湧き出てまったく効果が無い。
触手は特殊な攻撃性能を発揮するでもなく、ただひたすらに千切れたり焼かれた側から新たな触手を生やし続けて『神木ノ鎧冑』を雁字搦めにし続ける。
余りの光景に、童貞モミジではなくモミジの声が漏れる。
「そんな……! あんなの聞いてないよ! / モミジ、砲撃はいい! あれを振り払うことだけを考えろ! / でも、ラクヨウ! さっきからミアハに鼻の下伸ばしきりのスケベな貴方じゃ! / やめてくれモミジ、それはオレに効くッ」
モミジの口調や表情が一人でコロコロと変化する。
これで演技であったならば大したものだと褒め称えるしかないが、ツナデは自分のカンを信じる。
「モミジの中にいるもう一人はラクヨウって言うんだにゃあ? おみゃーは忍者のセンスはにゃいけど近接はイケると。そしてスケベ童貞だと」
「違うっつってんだろ!!」
「でもその肉体に入ってる時点で一生童貞捨てられにゃくにゃったと」
「うぅぅるせぇぇぇえええええッッ!!!」
ラクヨウはモミジの顔を恥辱で真っ赤に染めて新たな巨大手裏剣を取り出し、高速で投擲する。巨大手裏剣達は投擲後に疾風の刃を纏って攻撃範囲を拡大すると、チャクラムのスキルで器用に操られて多角的にツナデを襲う。
手裏剣をチャクラムに見立てた攻撃の練度自体は非常に高く、ツナデもハジメの戦い様を何度も見ていなければ対応に苦慮しただろうと思うほどだ。
逆を言えば、ハジメの攻性魂殻を見た今となってはチャクラムの複数投擲による多角攻撃など対応に困るようなものではない。尻尾の毛の揺れで風を感じ取ったツナデは、振り向きもせずに背後から迫る大型手裏剣を避けると、その回転の中心である空洞に忍者刀を引っかけて逆にラクヨウ目がけて投げ飛ばした。
「ほいにゃッ!!」
「馬鹿な、術者タイプじゃ……!?」
「アホだにゃ~。欠点があるなら修行で補うのが忍者ってもんにゃ」
「ぐっ……だがッ!!」
ラクヨウもさるもので、自分に戻ってきた大型手裏剣の勢いを殺さずに空洞に手を当てると、コントロールを取り戻して再度軌道を変えて投擲してくる。チャクラム使いとしても忍者としても間違いなく凄腕の技量だ。
だが、それがラクヨウの限界だ。
転生者特有の都合があったのだろうが、ラクヨウは忍者らしい体捌きをできても忍者ではない。忍者ではない強い戦士の倒し方など、ツナデはうんざりするほど叩き込まれて実践した後だ。
ただ、倒す前に一つだけ言っておきたいことがあった。
「最後に一つ、勘違いを正しておくから」
「え?」
「私が師匠に付き従う理由……それは奴隷の過去とか関係ない。私がただそうしたいから」
音も予備動作もなく、ツナデとモミジの周囲から膨大な土が盛り上がる。それらは一つ一つが人の腕の形へと姿を変え、無数の巨掌が一斉にモミジに狙いを定めた。これは今のツナデが使える土遁術の限界――逃げ場なく降り注ぐ無慈悲なる連掌。
ツナデは刮目し、吠える。
「師匠のうなじとか脇とか足とか、そういう所のニオイが死んで生まれ変わっても忘れられなくなりそうなくらい好みだからにゃ~~~~~~ッ!! 任務後の師匠の洗濯物をクンカクンカしてキメるためにとっととくたばれぇいッ!!」
「ウゲェ、臭いフェチぃッ!? / ウッソでしょミアハちゃんーーーーッ!?」
「恋する乙女は聞く耳持たんッ!! 土遁・万来拍掌連破ッッ!!!」
直後、大質量の土塊の掌が逃げ場なく、隙間なく、間断なくモミジに降り注いだ。モミジはあらゆる忍術や木を用いて脱出しようとしたが、ツナデの魅了や召喚、爆弾発言に翻弄されている間に産まれた少しずつの隙の差がツナデに軍配を上げ、彼女は悲鳴をあげて土遁の奔流へと飲み込まれていった。
攻撃が終わり、もうもうとした土煙が収まっていく。
ツナデの攻撃した場所は、ちょっとした丘のように土が折り重なっていた。
ぼこりと土の一部が盛り上がり、中からツナデが姿を現す。
「全く、自分はドーテー臭い魂と同棲してるくせに人の恋路にケチつけんなっての」
彼女の小脇には、抵抗できないよう執拗にあちこちを縛り上げられて意識を失ったモミジの姿があった。ツナデはそれを拘束監禁用巻物に無慈悲に放り込むと、巻物を畳んで胸の谷間に隠しながら周囲を見渡す。
音や気配からして、戦闘はまだ継続している。
少し考え、一番心配なダンゾウの様子が気になったツナデは、その場を駆け出して森の中へと姿を消した。




