氷王の終焉
***
夜が北の王国を包み込んだ。
コロシアムの火は、最後の戦いの名残としてまだ燃えていたが、
宮殿の中は――まるで墓のように静かだった。
王アルドレンは玉座の間を行ったり来たりしながら、震える手を握りしめていた。
オーレリアの咆哮が、いまだ耳の奥で反響している。
彼の誇った勇士たちは次々と倒れ、
妻――女王レネもまた、敗れながらも気高く眠りについていた。
封じられた部屋で、意識のないまま。
そして今や、「ハルト・アイザワ」という名が――
王の兵の間ですら、囁かれ始めていた。
「……くそったれが……」
アルドレンは低く唸る。
「何者でもない異国の者が……この数世紀の血統を壊せるものか」
彼は振り返り、残った数人の側近に命じた。
「秘密の通路を用意しろ。今夜中に逃げる」
一人の顧問がためらいながら尋ねる。
「……民は、どうされますか? 陛下」
「奴らなど、ハルトと共に朽ち果てればよい!」
怒号と共に、王笏が床を打つ。
「この命さえ残れば、北は滅びぬ!」
――だが、その言葉は……
すでに、外で聞かれていた。
アルドレンは、護衛の精鋭4人に囲まれながら、
宮殿の奥深く、秘密の地下通路を進んでいた。
その手には、封印された古代の水晶があった。
それは、かつて北の山々の下に封じられた存在――
「絶対零度の竜」を解き放つ鍵。
(悪魔がいないというのなら……私が生み出してやる)
この王の計画は、狂気に満ちていた。
国を滅ぼしてでも、ハルトを討ち、恐怖で全てを支配し返すこと。
しかし、通路の終点にたどり着いたとき――
そこには、黄金の外套をまとう影が立っていた。
「逃げようというのか、陛下?」
落ち着いた声が響く。
王は凍りつく。
そこに立っていたのは、ハルト・アイザワ。
その周囲には――
エイルリス、カオリ、マグノリアが立ち塞がっていた。
空気が一瞬で凍りつくような緊張。
「殺しに来たわけじゃない」
ハルトが一歩前に出る。
「お前の“恐れ”が、どこまで堕ちたか……見届けに来た」
王は震えながら、水晶を握りしめた。
「貴様に何が分かる!? 外の者に統治の重みなど分かるものか!」
「統治とは、縛ることではない。
――解き放つことだ」
「自由に支配はない!
貴様こそ、この混沌をもたらした元凶だ!」
王が水晶を掲げ、叫ぶ。
「我が支配できぬなら――
この地には、“永久氷”が君臨するがいい!!」
水晶が砕けた。
地鳴りが轟き、古代の奥底から、凍てついた咆哮が響く。
“存在、解放。ゼロス――絶対氷の竜。”
多眼の氷獣、霜でできた巨体。
その顎から吹き出した冷気は、たった一瞬で護衛兵二人を凍りつかせた。
王は狂ったように笑う。
「そうだ! 滅ぼせ! 全てを焼き尽くせ、我が竜よ!」
だが、ゼロスはゆっくりと王を見つめ……
一噛みで、その命を喰らった。
沈黙。
ハルトは、その光景に微動だにせずつぶやく。
「……恐れを支配しようとする者は、恐れに喰われて終わる」
ゼロスが再び吠えた瞬間、通路が崩れはじめる。
ハルトは静かに手を掲げた。
「召喚コード:オーレリア・プライム――展開」
黄金の竜が炎の中から現れる。
その体は太陽のように輝き、翼は灼熱の嵐を呼ぶ。
氷の竜と炎の竜――
天と地がぶつかる。
山々が震え、氷柱と溶岩の嵐が空を裂く。
オーレリアが咆哮を上げ、神炎を直撃させた。
「ドラゴンズ・ホーリー・ノヴァ!!」
光が北の空を染め、
その中心でゼロスの姿は――掻き消えた。
残ったのはただ一つ、
王の玉座。
氷と炎が交錯し、**“終わり”**を象徴するように凍りついていた。
***
翌朝。
北の民たちが宮殿の前に集う。
王の姿は、どこにもなかった。
代わりに現れたのは、ハルトとその召喚体たち。
彼の目は穏やかに、しかし揺るぎなく――
朝焼けに照らされていた。
「――この王国は、王を失った」
その声は澄んでいた。
「だが、“魂”まで失う必要はない。
私は破壊しに来たのではない。
恐れに奪われたものを、取り戻すために来た」
群衆は沈黙する。
やがて、誰かが涙を流し、
誰かが膝をつき、
やがて――
ハルトの名が、初めて“恐怖”ではなく――
敬意とともに、民の間に響き渡った。
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