聖と罪
***
コロシアムは、数百名の参加者の足音で鳴り響いていた。
王国の伝令たちは、観衆の前で名・階級・武器を読み上げ、
氷の王座に座る王と女王は、静かにその様子を見守っていた。
空気には、血と野心、そして恐怖の匂いが満ちていた。
参加者たちは予選の一騎打ちで実力を競い合っていた。
炎を操る戦士、風の剣士、自動人形を従えた錬金術師──
だが、誰もが次々と倒れていく。
そんな中──
ざわめきの渦を切り裂くように、子供の声が響いた。
「ぼくも、参加する!」
観衆は笑い出した。
群衆をかき分けて現れたのは、十二歳にも満たない金髪の少年。
肩には小さなハープ、手には革製の投石紐を握っていた。
伝令が疑わしげに問う。
「名は、少年よ?」
「ダビデ」と彼は穏やかに答える。
「剣は持っていない。でも、信仰ならある。」
再び観衆が笑う。
だが、王が手を挙げて制した。
「放っておけ。その“信仰”とやらが、どこまで通じるか見てみよう。」
ダビデの最初の対戦相手は、黒い鎧に身を包んだ歴戦の老兵。
体には無数の傷跡が刻まれていた。
「子供よ、ここに来たことを後悔するぞ」
男は斧を構え、低く唸った。
だが、ダビデは動かない。
ハープの弦を弾き始めた。
それは──この世のものとは思えない、柔らかで神聖な旋律。
音が空間を満たし、時間の流れすら緩やかに変わったようだった。
老兵の動きが止まる。
息が乱れ、視線が揺らぐ。
その瞬間──
カンッ!
放たれた一発の石が、兜に命中し、老兵は崩れ落ちた。
会場は凍りついた。
やがて、誰かが息を呑み、歓声が爆発する。
少年は投石紐をしまい、微笑んだ。
「殺したくはなかった。ただ、耳を澄ませてほしかったんだ。」
観衆のざわめきは喝采へと変わり、
王と女王も、思わず視線を交わした。
「子供一人……されど多くの男よりも、よほど価値があるな」
女王レンネはそう呟いた。
***
その夜、王宮の部屋にて。
レンネは、雪に映る月を見つめながらワインの杯を手にしていた。
その指先は微かに震え、夫アルドレンはすでに眠っていた。
「信仰を持つ子供……そして力を持つ悪魔……
どちらがこの世界を救うのかしら……」
魔鏡が映し出すのは、自身の冷たい表情。
それは彼女自身の声で、答えた。
「救いを待つな、レンネ。
──お前が、救いとなれ。」
女王は立ち上がった。
儀礼用の剣を取り、胸元に構える。
「ならば、私も戦う。
この国の運命が懸かっているのなら……
私の手で決着をつける。」
***
翌朝──
予想を裏切り、伝令が高らかに宣言した。
「王国の女王、レンネ陛下──
北の王国の代表として、自ら出陣なされる!!」
観衆は騒然とした。
歓声と恐怖が入り混じる中、
群衆の中から、青いマントの男・シオンが無言でその様子を見つめていた。
その口元には、読めない微笑が浮かんでいる。
一方、〈金の太陽〉の陣営。
ハルトの司令幕にて──
「……女王自ら戦場に?」
カオリが目を見開く。
「それは、他の誰にも期待していない証拠ね」
アウレリアが嘆くように言った。
エイルリスが冷たく告げる。
「そして誇りのためなら、命を捨てる覚悟もあるということ。」
ハルトは報告書を閉じ、遠くを見据えた。
「誇りのために戦う者ほど、脆いものはない。
だが──
それが彼女の選んだ道ならば……
俺が、それを砕いてやる。」
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