影を歩む者
夜明けと共に、戦の太鼓が金属のような響きを放ち始めた。
城のバルコニーから、王アルドレンは凍てつく地平線を見つめる。
その声は魔法で増幅され、空に轟いた。
「北の栄光のため、〈血の裁き〉は勇士を求む!
名誉のために立ち上がる者には、金も、土地も、爵位も与えられる。
勇敢なる者よ、コロシアムへ来たれ──神々の前で、その力を示せ!」
使者たちは各地へと走った。
村の掲示板には、報酬と富を約束する張り紙が次々と貼り出される。
民はざわめいた。
それを名声の機会と見る者もいれば、死の宣告と受け取る者もいた。
その知らせは、王国の南端にまで届いた。
ほとんど人のいない酒場では、蒸気と酒の香りが冷たい空気と混ざり合い、
冒険者たちが静かに語り合っていた。
「賞金で城が買えるってさ」一人が神経質に笑いながら言った。
「それで弔い代も払えるな」別の男が杯を掲げる。
三人目が呟いた。
「相手は誰なんだ?」
その問いに答えたのは、重たい沈黙だった。
「南の征服者…ガチャの召喚士だ。」
酒場の空気が凍った。
誰もその話を続けようとはしなかった。
そのとき、扉が開いた。
冷たい風が吹き込み、いくつかの蝋燭が吹き消された。
青黒いマントをまとった人物が入ってくる。
フードに覆われた顔からは、ただ灰色の金属のような瞳だけが見えていた。
人間離れした光を放っていた。
「ここが…死を恐れぬ者の名を刻む場所か?」
静かな声が響く。
白い髭の老酒場主は、警戒の眼差しでその人物を見つめた。
「金が目当てなら…王がくれてやるさ。生きて帰れたらな」
その者は頷き、光り輝く硬貨をカウンターに落とした。
「金ではない。俺が求めるのは…存在の意味だ」
硬貨の音は、どんな言葉よりも重く響いた。
数時間後、コロシアム前の徴兵所では、王の兵たちが志願者の名前と体格を記録していた。
青黒いマントの男が歩み寄ると、一人の将校が手を上げて止めた。
「名前は?」
「……ない。ただ、“シオン”と呼べばいい」
「階級は?」
「魔狩人──忘れられたクラスだ」
「武器は?」
シオンは封印された青の呪符に包まれた大鎌を掲げた。
その刃は、魂を宿しているかのように冷たい輝きを放っていた。
「これだけで十分だ」
兵士たちは目を見合わせる。
将校は震える手で記録を取った。
「〈血の裁き〉へようこそ、シオン。神々の加護を…」
シオンはフードの下で静かに笑った。
「神など…一度見捨てられた。二度目はないさ」
一方その頃──
玉座から、女王レンネは魔法の記録を覗き見ていた。
「死にたがりが、続々と集まってるようね」
王アルドレンは眉をひそめた。
「甘く見るな。敵を数分でも引きつけてくれるなら、それで十分だ」
「だが…この“シオン”、ただの傭兵には見えない」女王が問いかける。
王は彼女を見据えた。
「ならば利用するだけだ。
使えるうちは使い、用済みになれば捨てる」
だが──
魔鏡の奥で、もう一人、声を潜めて聞いていた者がいた。
黒衣の参謀。かつて神々に仕えし男。
彼は低く呟く。
「その名…シオン……黄昏のささやき。
死を告げる者…その名を持つ者が、再び歩みを始めたか…」
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