血の契約
鐘の音が北の王国を駆け巡った。
通りでは、布告官たちが力強い声で叫んだ。
「王アルドレンと女王レンネの命により!
王国の運命は〈血の契約〉のもとに決定される。
各派閥は自らの勇士を選出し、
フレイスタルの闘技場にて、神々が正義を下す!」
噂は氷上の炎のように広がっていった。
民は恐れと希望の狭間で、通りに出て知らせを聞いた。
ある者はそれを「贖いの奇跡」と呼び、
またある者はそれを呪いのように囁いた。
「血の契約、か」
ハルトは巻物を机に置きながら言った。
声は静かだったが、その瞳には危険な好奇心の火が宿っていた。
背後に立つアウレリアが腕を組む。
「北の古き伝統よ。王たちは全面戦争を避けるために用いるの」
カオリが首をかしげる。
「名誉という幕で、恐怖を隠すだけ」
マグノリアは皮肉な笑いを浮かべ、鞭を机に叩きつけた。
「つまり、拍手付きで自分の葬式に招いてるってわけね」
ハルトはゆっくりと立ち上がる。
「ならば、我々が行こう」
そのとき、影からアイリスが初めて口を開いた。
「罠とお考えですか?」
「舞台と考えている」ハルトは答えた。
「そして、この世界に本当の“英雄”とは誰かを見せる時だと思っている」
三日後、〈金の太陽〉の軍が北の王国の中心へと到着した。
闘技場は大地の傷のようにそびえ立っていた。
氷河と風に削られた像に囲まれた円形の闘技場。
その上には金色の光を帯びた灰色の空が果てしなく広がっていた。
数千の市民が観覧席を埋め尽くしていた。
貴族たち、魔導士たち、神官たちが、不安と好奇の入り混じった視線で見つめていた。
中央では、王アルドレンと女王レンネが王の間に座していた。
ハルトが入場した瞬間、ざわめきが止んだ。
彼の黒いマントが生きた影のように翻った。
その隣を歩くのは、アウレリア、マグノリア、カオリ、そしてアイリスだった。
彼らの前に、王国の伝令が立ち、炎と氷の紋様が刻まれた杖を掲げた。
「〈血の契約〉の名の下に、これより裁きの規則を宣言する」
伝令は古びた巻物を広げ、魔法により増幅された声で読み上げた。
「一つ目:各派閥は五人の勇士を出すこと」
「二つ目:戦闘は封じられた場で一対一で行うこと」
「三つ目:敗北は死、降伏、または完全な戦闘不能により決定される」
「四つ目:戦闘中の回復魔法は禁止」
「五つ目:氷の神々が証人となる。
戦士が逃亡や干渉を試みた場合、誓約によりその身は凍てつくであろう」
伝令が一瞬、口を閉じた。
観衆は完全な沈黙に包まれた。
「六つ目:この試練の勝者が北の王国の運命を決定する。
〈金の太陽〉が勝てば、王と女王は退位する。
北が勝てば、執行者はこの地を去り、二度と戻らぬと誓うこと」
マグノリアが高らかに笑った。
「可愛いわね。誰が生き、誰が死ぬかを自分たちで決められると思ってる」
カオリが一歩前に出て、王たちを鋭く見据えた。
「こんなのは名誉じゃない。ただの恐怖に飾りをつけただけ」
王アルドレンは瞬きもせずに彼女を見返した。
「ならば互いに恐怖を分かち合おう。
お主の主が本物ならば、その力を神々の前で証明するがいい」
ハルトは静かに、闘技場の中央へと歩いていく。
風が彼のマントを翻す。
観客のざわめきは、敬意を込めた静寂に変わった。
「受けよう」彼は力強く言った。
「だが、一つだけ言っておく。
私は神のために戦わぬ……
私は忘れられた者たちのために戦う。
もし名誉がただの傲慢の言い訳ならば、
私はその概念ごと、貴様らの王国と共に打ち砕いてみせよう」
伝令は震えながら杖を掲げた。
「〈血の契約〉、ここに成就された!」
地面が震えた。
赤と金の魔法陣が闘技場に灯り、燃えるような古の紋様が現れる。
空気は古代の力に満ち、鉄と氷の匂いが混じり合っていた。
空が裂けた。
氷のような突風が降り注ぎ、闘技場を覆い尽くす。
周囲の氷河が青いルーンで輝き、戦場を封印した。
王と女王は偽りの厳粛さでその光景を見つめていた。
彼らには分かっていた──自分たちが、手に負えぬものを解き放ってしまったことを。
アウレリアがハルトに近づいた。
「ご主人様…この規則はあまりにも残酷です」
「残酷ではない」彼は即座に答えた。
「ただ、人間的なだけだ。
そして人間的なものは……壊すことができる」
銅鑼の音が鳴り響いた。
第一の戦いが、いま始まろうとしていた。
――つづく。




