北王国への審判
北の王国は、震えと共に目を覚ました。
北壁から見張りの兵たちが目にしたのは、紺青に染まる地平線。
それは空の色ではなかった――
それは、エイルリスの力。森と山を覆い尽くす霧のように広がる、終焉の気配だった。
鳥たちは空から落ち、
風は息を止め、
そして静寂の中、ただ一人の影が黒翼を広げて降り立った。
「……太陽が裁きを送ってきた……」
一人の兵士がそう呟いた直後、彼は霧に呑まれた。
エイルリスは、生きた影のように城壁の間を進んでいた。
その一歩ごとに空気が凍り、大鎌は灰色の光の軌跡を残す。
一方、マグノリアは側面の塔から正確無比な指示を飛ばし、
その双銃は遠雷のように響いていた。
「ハルトは言ったわ、破壊するなって……ただ、“記憶”させろって。」
「ならば――記憶が、肉よりも長く残るように。」
エイルリスは淡々と応えた。
北の王国の防衛線は、壁が崩れることなく瓦解した。
兵たちは命を失わなかった。
代わりに、その身体は氷に包まれ、
まるで眠るような穏やかな表情をたたえていた。
血が流れない敗北――
だからこそ、それは虐殺以上の恐怖を刻んだ。
フィヨルドハーヴンの城内。
北王は机を叩きつけ、怒声を上げた。
王妃レネは、震える手で地図を見つめていた。
「これは何の魔法だ?!なぜ我らの魔導師でも払えぬのだ!」
「……魔法ではありません、陛下……」
老いた賢者がかすれ声で答える。
「彼らが言うには……それは“死そのもの”が現れたのだと。」
王は拳を握りしめた。
「ならば、全軍を出せ!」
「……もう軍はございません。」
賢者は目を伏せた。
「残っているのは、ただの静寂です……」
その瞬間――
一陣の風が会議室を突き抜けた。
玉座に突き刺さった一発の銀の弾丸。
そして、その隣に一輪の白い花。
“太陽は征服せず。太陽は浄化する。”
王妃は膝から崩れ落ち、泣き出した。
メッセージは、あまりにも明白だった。
――この王国は、“刻まれた”のだ。
ハルトは魔法鏡を通して、その光景を見届けていた。
隣にはカオリが立っていた。
「……無傷で、敵軍をまるごと消したわ。」
「消してはいない。」
ハルトは穏やかに訂正した。
「彼らは、“戦う恐怖”から解き放たれたんだ。」
アウレリアが腕を組んだ。
「次は?」
「――待つ。」
ハルトは鏡の光が消えていくのを見ながら答えた。
「近隣の王国は、もう動けない。
動くとしても……それは、跪くときだ。」
戦いの余韻をまとったまま、エイルリスとマグノリアが戻ってきた。
彼女たちの身体には、まだ青白い光が残っていた。
「いや~、すごかったわ。叫び声ひとつなく降伏って、初めて見た。」
エイルリスは目を伏せ、囁くように言った。
「……静けさもまた、祈りとなる。」
ハルトは二人を見渡した。
「……よくやった。北の王国は陥落した。
次は――
あの空いた玉座を、どう扱うか……決める時だ。」
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