闇に咲く双翼
黄金の宮殿の作戦室では、松明の火が広げられた地図に反射して揺れていた。
赤と青の印が国境地帯を交差し、敵軍が大規模な戦力を展開しているのが一目でわかる。
黄金の太陽の進軍を止めるため、敵は全てを賭けてきていた。
地図を見つめながら、ハルトが静かに口を開いた。
「長い戦争は要らない。
必要なのは――“メッセージ”だ。」
隣でカオリが眉をひそめた。
「メッセージ?」
「そうだ。死者でさえ忘れないようなものをな。」
ハルトは地図の北の国境を指差した。
そこには敵軍が布陣していた。
「エイルリスが先陣を務める。
終焉の顔を、敵軍に見せつけろ。」
アウレリアが驚いた表情で彼を見た。
「死神を……武器に?」
「違う。」
ハルトは答えた。
「“警告”としてだ。」
そのとき、薄闇の中から柔らかな声が響いた。
「太陽が命ずれば、闇は従いましょう。」
濃紺のフードをかぶり、黒い翼を広げたエイルリスが影の中から現れた。
彼女の手にある銀の大鎌は、まるで息をするかのように微かに唸っていた。
柱にもたれていたマグノリアがにやりと笑った。
「彼女が行くなら、あたしも行くわ。」
「本気?」
カオリが尋ねると、マグノリアはウィンクした。
「死神と踊れる日なんて、そうそうないでしょ?」
ハルトは頷いた。
「いいだろう。エイルリスとマグノリア、二人が前衛だ。
虐殺はいらない。
残すのは、血よりも深い“沈黙”。」
夜が国境の谷を覆う。
数千から成る敵軍が攻撃を待ち構えていた。
だが、現れたのは軍勢ではなかった――
ただ二つの影。
エイルリスが前へと進む。
その大鎌は、雪の上に青黒い光の軌跡を残していく。
その隣で、マグノリアが連結された二丁の銃を軽やかに回しながら歩いた。
銀色の閃きが闇を切り裂いていく。
「死ぬ覚悟はできてる、ドールちゃん?」
マグノリアが冗談交じりに言った。
「死は死なない。」
エイルリスは視線を前から逸らさず答えた。
「じゃあ、地獄の準備を始めましょ。」
風が吹き上がる。
空から一輪の白い花が舞い降りる。
そして――舞踏が始まった。
敵軍が突撃を開始する。
エイルリスが大鎌を振り上げる。
青のエネルギーの弧が空を裂き、瞬時に数百の兵を氷に閉じ込めた。
叫び声はなかった。
ただ静寂。
眠るような姿勢で、氷は兵を抱き込んだ。
マグノリアはその間を軽やかに進む。
一発ごとの射撃が完璧な円を描き、炎と鋼が敵を貫く。
その手首の鎖は、輝く蛇のようにうねり、槍も盾も砕いていった。
「さあ、エイルリス!
フィナーレを見せてやんな!」
マグノリアが叫ぶ。
「承知。」
エイルリスの黒翼が大きく広がる。
その羽から灰色の粉が降り注ぐ。
それは燃えず、凍らず――
ただ、意志を奪った。
兵士たちは次々と武器を落とし、膝をつく。
理由もわからぬまま。
「――静寂を、我が贈り物とせん。
安息を、我が慈悲とせん。」
その言葉は、祈りのようだった。
戦場は沈黙に包まれた。
丘の上で、ハルトは結果を見下ろしていた。
血もなければ、無差別な破壊もない。
ただ、祈りの後の聖堂のような沈黙。
カオリは尊敬と恐れの入り混じった目で彼を見た。
「これは……もはや戦争じゃない。」
「いや。」
ハルトは静かに応える。
「これは、“支配”だ。」
風の中を、エイルリスとマグノリアが戻ってくる。
一方は漆黒、もう一方は銀。
死と狩人。影と弾丸。
二人が近づくと、エイルリスは膝をついた。
「敵軍、浄化完了。」
「よくやった。」
ハルトは彼女を見据えて言った。
「準備をしておけ。
次は、“死を恐れぬ王国”が相手だ。」
夜明けが凍てつく戦場を照らす頃、
エイルリスの白い花が、眠るように倒れた兵たちの上に静かに降り積もっていた。
そして、噂は瞬く間に広がった――
「二人の女に軍が敗れた。
一人は黒い翼を持ち、
もう一人は鎖付きの銃を操った。」
そして、太陽の玉座に座るハルトは、ただ静かに呟いた。
「……これで全てが知るだろう。
終わりさえも、我が光に仕えることを。」
――つづく。




