死を呼ぶ光
玉座の間は静寂に包まれていた。
松明の炎が、まるで呼吸するかのように揺れていた。
アウレリア、カオリ、マグノリアが見守る中、ハルトは宮殿の床に刻まれたガチャの魔法陣の前に立っていた。
北方戦争以来、彼がこれを使うのは初めてだった。
空気には、生きているかのような緊張が満ちていた。
「本当にやるの?」
カオリが低い声で尋ねた。
「もう迷いはない。」
ハルトは視線を魔法陣から逸らさずに答えた。
「世界は変わる……ならば我々も、共に変わるべきだ。」
彼は片方の手袋を外し、右手に刻まれた光る能力の印を見せた。
――【無限召喚ガチャ ― 神格モード解放】
――【コスト:生命の本質、感情の記憶、魂の断片】
マグノリアが口笛を吹いた。
「おっと。ツルッパゲになるガチャってやつね。」
ハルトは微かに笑った。
「空っぽになるかもな。……だが、“空”もまた力だ。」
魔法陣が回転を始めた。
黄金ではない、嵐の前の黄昏のような、青灰色の光。
そのとき、部屋に声が響いた。
冷たく、永遠の響き。
「……お前が我を呼ぶのか。それとも死が、お前を呼ぶのか。」
空気が凍りつく。
魔法陣が闇の風に爆ぜ、床には黒曜石の文様が広がった。
そしてその中心から、一人の影が跪いた姿で現れた。
髪は灰のように色褪せ、肩まで垂れ下がっている。
濃紺のフードが顔の半分を隠していた。
背中からは、大きく優雅な黒翼が伸びている――まるで鴉のような。
その瞳は青灰色。沈黙の永遠を映しているようだった。
彼女の手には、銀の大鎌。刃には霧のような光輪が漂っていた。
その声が玉座の間に響く。
「召喚、完了……私はエイルリス。終焉を運ぶ者。
……運命を弄ぶ者よ、そなたが“主”か?」
ハルトは静かに彼女を見つめた。
その存在には、敵意も従順さもなかった。
ただ――避けられぬもの、という気配だけがあった。
「そうだ。」
彼は応えた。
「お前が、俺の最後の切り札だ。」
エイルリスは顔を上げた。
「我が存在は、時と信仰と恐怖を喰らう。……その代価を支払えるか?」
「人としての全ては、すでに支払った。」
ハルトの声は静かだった。
「少し多く払うくらいでは、もはや変わらん。」
ガチャの紋章が拡がり、部屋全体を青黒い光が包んだ。
他の召喚体たちは、何かに震えた。
アウレリアが胸に手を当てた。
「このエネルギー……魔力じゃない。もっと古い。」
「それは“循環”の本質。」
エイルリスが言った。
「世界が呼吸を止めた時に、私は現れる。」
マグノリアが一歩引き、緊張した笑みを浮かべた。
「死神本人を召喚しちゃったってわけか……いいね、次は宇宙の終焉でも呼ぶ?」
ハルトが手を差し出すと、エイルリスはそれを静かに取った。
その手は冷たかったが、痛みはなかった。
「恐れることはない。」
彼女が囁く。
「私は破壊のために来たのではない。保つために来た。」
カオリは警戒の眼差しを向けた。
「何を、保つの?」
「均衡を。」
ハルトが答えたまま、彼女の手を離さない。
「死は生の敵ではない。その守り手だ。」
エイルリスの大鎌が光り、影が部屋全体を覆った。
炎が消え、空気が止まる。
そしてハルトの声だけが、響いた。
「今日より、死は黄金の太陽の下を歩む。」
――数時間後。都市が眠る中、ハルトは玉座に座りながら、隣で浮かぶエイルリスの鎌を見つめていた。
周囲では〈太陽の守人たち〉が跪く。
「マグノリア。諜報を強化しろ。」
「カオリ。南方のルートを監視しろ。」
「リラ。気候の魔力変動を見張れ。」
「エイルリス……お前は“境界”を見張れ。」
エイルリスはゆっくりと頭を下げた。
「“境界”…?」
「生と絶望の、境界だ。
この太陽の下に誰が生きるに値するか――それを見極めてくれ。」
エイルリスは微かに、読めない笑みを浮かべた。
「了解しました、我が主。
我が鎌は、公平に裁きましょう……
終わりが、常にそうであるように。」
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