王の決断
警報の鐘の音が廊下中に鳴り響いていた。
遠くの爆発音と凍てつく風の轟きに、窓が震えていた。
玉座に座る北王オルドレン・フロストヴェイルは、震える手で肘掛けを強く握りしめていた。
その傍らには、白髪で疲れた眼差しの王妃リリアが、赤く染まった雪が窓の向こうに舞い落ちるのを見つめていた。
「斥候たちは何と言っている?」
彼女が沈黙を破って尋ねた。
将軍が飛び込んできた。顔は汗と霜で覆われていた。
「陛下…南の前線が陥落しました。あの金色の吹雪の中では兵たちは何も見えません。敵の槍は…まるで太陽のように輝いています。」
王はうつむいた。
「ついに恐れていた時が来たか。」
「いいえ、我が王よ。」
王妃が一歩前に出て言った。
「まだ我らの力をすべて使ったわけではありません。」
その声は冷たく、しかし揺るぎなかった。
王は困惑した表情で彼女を見た。
「聖なる遺物のことを言っているのか?」
「そう。大冬の遺産。先祖たちが二度と使わぬと誓ったもの。」
「正気か!?」
王が叫んだ。
「その封印を解けば、我ら全てが滅ぶかもしれぬのだぞ!」
リリアは唇をきつく結んだ。
「抵抗もせずにこの王国が滅びるのを見届ける方が恐ろしいわ。
あの『黄金の執行者』は人ではない。
私たちを消し去ろうとする時代の意志なのよ。」
王はゆっくりと立ち上がり、玉座の奥にある氷の壁画へと歩を進めた。
杖で床を叩くと、古代のルーンが輝き始めた。
氷の壁が開き、封じられた間が姿を現す。
そこには、禁じられし四つの遺物が眠っていた。
ニヴルヘイムの冠――空気を刃のような氷に変え、温度を自在に操る力を持つ。
リヴァイアサンの心臓――青い宝珠。水と霜の嵐を呼び起こす。
ルングルの杖――氷の竜が鍛えた杖。いかなる魔障壁も砕く。
そして、エコーの聖杯――周囲の魔力を吸収し、倍にして返す器。
王は祭壇へと近づいた。
「これを使えば、もう後戻りはできぬ。」
「もう戻る道など残っていないわ。」
リリアが応えた。
「黄金の太陽は、すでに我らの境界を越えたのよ。」
二人は最後に互いを見つめた。
言葉もなく、手を封印の上に置いた。
氷が砕けはじめ、城全体に冷気が満ちていった。
遠く離れた場所で、ハルトは極北の城塞を見つめていた。
青い稲妻が塔の上で踊り始める。
アウレリアが翼を広げた。
「古代の魔法を解放しているわね。」
「わかっている。」
ハルトは視線を外さずに答えた。
マグノリアは銃をクルリと回した。
「どうする? ボス。」
ハルトは笑った。
「人間の絶望がどこまで届くか…見届けてやろう。」
カオリが真剣な表情で近づいた。
「ハルト…あの遺物を使えば、この地域全体が消滅するかもしれない。」
「ならばやってみるがいい。」
彼はささやいた。
「そうすれば、この世界が誰に統治されるべきかが明らかになるだろう。」
城の中心で、王と王妃は最後の封印を解放した。
大地が震えた。
深淵から青い光の輪が現れ、古の声が壁に響き渡る。
「誰がニヴルヘイムの怒りを呼び覚ますのか?」
リリアは顔を上げた。頬には凍った涙がつたっていた。
「――死を望まぬ王国です。」
解き放たれたエネルギーは天空を包み、激しいオーロラを生み出した。
ハルトの黄金の炎と、北の永遠の氷が初めて激突し、世界は金と青、二つの色に分断された。
戦場は整った。
黎明の戦争が、いま始まる。
――つづく。
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