白き銃声
森はもはや存在していなかった。
残されていたのは、宙に浮かぶ氷の破片のみ。
それらは砕けた鏡のように夜明けの光を反射していた。
ハルトはその残骸の中に静かに立ち、
その吐息は虚無の中に反響していた。
周囲には、戦闘の余波で残った魔力がなおも震えていた。
かつてカガミの身体があった場所には、青い魔法陣が刻まれていた。
それは未完成の封印。未だ行き先を見出せぬ魂の痕跡。
ハルトはその印を見下ろした。
そこには、憎しみも慈悲もなかった。
——均衡をこれほどまでに愛した者にとって、
「死」は報いとしては生ぬるい。
お前の罰は、不均衡に仕えることだ……
俺の太陽の番人として。
魔法陣が輝き始めた。
金と青のルーンが逆方向に回転し始める。
その中心から、一つの半透明の姿が浮かび上がる。
それはカガミだった——だが、もはや同じではなかった。
その身体は霊のように透け、銀の髪は氷と交じり合い、
両腕には光の鎖が揺れていた。
それらは契約の象徴のように宙に浮かび、彼を縛っていた。
かつて冷たかったその瞳は、今は淡い青で光り、
静かに、新たな意志を帯びていた。
戦場は、超常的な静寂に凍りついていた。
かつてカガミを封じていたルーンの円から、白い光があふれ出す。
その光はゆっくりと回転し、自らを「人のかたち」へと変えていった。
ハルトは動かず、それを見つめていた。
——忘却ではなく、再生だ。
《発動:再誓契約》
金のルーンが青のルーンと絡み合い、カガミの魂が姿を変えていく。
氷は光の粉へと還り、その中心から、一人の女性の姿が現れた。
その眼差しは揺るがず、
銀の髪は雪のように舞い、
彼女の装いは、青い縁取りが施された白革のショートコート。
交差するベルトには二丁のルーン銃が収められていた。
腰から垂れる鎖は霊体であり、そこには黄金の太陽の印が刻まれていた。
——私……今の私は何?
その声は、柔らかく、どこか機械的だった。
——お前は、嵐の中の「一撃」。
炎と氷の均衡。
今日から、お前の名は……マグノリア・フロストヴェイルだ。
ルーンが収束し、銃が淡く光った。
まるで、新たな名を受け入れたかのように。
マグノリアは片方の銃を持ち上げた。
銃口からは冷気が漂い、引き金を引くたびに空気が雪の結晶を生み、静かに弾けた。
——この鎖……——彼女は腰のあたりを見つめる——
私を縛るものじゃない。
——ああ。
それはお前が「かつて人間だった」ことの証。
そして今は……それ以上の存在だ。
その時、カオリとオーレリアが駆け寄ってきた。
——ハルト、何をしたの!?——オーレリアが叫ぶ。
ハルトは疲れたように微笑んだ。
——忠誠を「力」に変えただけだ。
彼女はもう敵じゃない。
彼女は、俺の「残響」……白き守護者だ。
マグノリアは、いつの間にか現れた帽子をくるりと回して被った。
——従うっていうなら……自分のやり方でやらせてもらうわ。
ハルトはうなずいた。
——ならば、世界が求めた時に撃て。
***
遠く離れた塔にて、ユウトは封印の揺らぎを感じた。
——……マグノリア。
彼は理解した。
ハルトが「落ちた英雄の魂」に、穢さず新たな形を与えたことを。
——魂を“再構築”できるのなら……
この世界の均衡は、崩壊する。
そして彼の中に、恐れとは違うものが芽生えた。
それは——脅威への畏敬だった。
マグノリアはハルトの前に膝をついた。
それは服従のためではなく、自らの「意志」による選択だった。
——私の最初の任務は?
——夜明けが、新たな敵を連れてくる。
お前はその「最初の一弾」だ。
やつらの恐怖を目覚めさせるための。
北の太陽が昇り始め、
その光がマグノリアのルーン銃に反射する。
白銀の輝きが静かに世界を照らした。
その瞬間、山々の向こうに響いた銃声の残響——
それは「黄金の太陽に仕える白き守護者」の誕生を告げる一撃だった。
――つづく。




