審判の夜

夜風が冷たく吹き抜ける。

王都の外れ、月の光が照らす古い広場。

石畳の上に、二つの影が向かい合っていた。

ハルト・アイザワ。

そして――レンジ・タチバナ。

「……お前、本当に生きてやがったのか。」

レンジが笑いながらも、手を震わせる。

「そうだ。」ハルトの声は静かだった。

「お前たちが捨てた“外れスキル”が、今は神を越えている。」

「はっ、笑わせるな！」

レンジが剣を抜く。

聖剣ルミナスが光を放ち、空気が震えた。

《英雄加護・全開放》

《聖域拡張・ヘヴンバースト》

彼の周囲に光の結界が展開され、地面が砕ける。

雷鳴のような魔力が、夜を裂いた。

「この力を見ろ！　俺は選ばれた男だ！」

黄金の爆風が走る。

ハルトの姿が一瞬、煙に飲まれた。

だが――次の瞬間。

「……終わったか？」

レンジが息を整えると、煙の中から光が漏れる。

そして、その中心から彼が歩いて出てきた。

傷ひとつない。

その足跡は、光を踏み砕くように沈んでいく。

「お前の“選ばれた力”には、根がない。」

「な、何を――」

ハルトが指を鳴らした。

空間が歪む。

空気が軋む音がした。

《物質崩壊 (Destruction Matter)》

レンジの聖剣の刃が――音もなく消えた。

まるで存在そのものが削り取られたように。

「なっ……!?」

彼が動揺する間に、もう一つの術式が展開する。

《物理干渉突破 (Physics Traverse)》

ハルトの身体が一瞬にして目前に現れた。

彼の拳がレンジの腹に突き刺さる――衝撃はない。

ただ、空気が震え、地面が波打った。

「ぐっ……ぁあああ！」

吹き飛ばされたレンジが壁に叩きつけられる。

聖なる防御も、肉体の強化も意味をなさない。

「お前は……人の力に縋り、神の名前を語っただけだ。」

「や、やめろ……」

レンジが立ち上がろうとした瞬間、

鞭の音が響いた。

「もう逃げるのかい？」

マルガリータが歩み寄り、鞭を振る。

炎のような軌跡が夜を裂き、レンジの脚を絡め取った。

「足元に誇りがない男ほど、よく転ぶもんだ。」

「放せッ……放せぇ！」

「黙んな。」彼女の声は冷たい。

「勇者だか何だか知らないけど、

　他人を踏みにじってまで笑ってた奴が、今さら命乞いかい？」

「……やめてくれ。頼む、ハルト……！」

レンジの声が震える。

その目には、恐怖だけが残っていた。

黄金の光が揺らぐ。

アウレリアが前に出る。

「主。裁きの時です。」

「……ああ。」

アウレリアの瞳が金色に輝く。

「罪は、行いによって返る。

　あなたが奪ったもの――今、あなた自身が払う番です。」

「や……やめろ……俺は神の――」

その言葉は途中で消えた。

ハルトが手をかざし、魔法陣が展開される。

《断罪の光 (Judgment Ray)》

空から降り注ぐ金の閃光が、彼を包み込む。

爆風ではない。

炎でもない。

――ただ、沈黙。

残ったのは、焼け焦げた地面と、震える空気。

マルガリータが鞭をほどき、ため息をついた。

「人間ってのは、どこまで行っても欲に飲まれるんだね。」

アウレリアが頷く。

「ですが、主がそれを断ち切る存在になれば――

　この世界は少しずつ変わります。」

ハルトは目を閉じ、空を見上げた。

月が静かに輝いている。

「……復讐は、まだ始まったばかりだ。」

黄金と紅蓮の風が吹く。

その夜、王都に響いた轟音を、

誰も“神の裁き”だとは知らなかった。

――つづく。