魂の断章
サヤカは魔法陣の祭壇に横たわり、その体は激しく痙攣していた。
黒いルーンが生きた血管のように彼女の肌を這い回っていた。
ライラは古いグリモアを握りしめ、オーレリアとカオリは魔力の圧力を抑え込んでいた。
「もう長くは封印を維持できない!」とライラが叫ぶ。
「なら、維持するな」とハルトが言った。サヤカを見つめながら――
「俺がやる。」
ハルトが手を差し出すと、部屋は黄金の光に満たされた。
彼の右目が輝き、純粋なエネルギーの魔法陣が浮かび上がる。
――《発動:魂解読》
黒いルーンが煙のように舞い上がり、空中にイメージを映し出す。それはサヤカの魂の断片だった。
最初に現れたのは教室。
笑い声。人の声。
ユウトが、明るい教室の前で微笑んでいた。
そして教室の後ろでひとり座るハルト。
サヤカは彼を見つめていたが、すぐに視線を逸らす。
「彼に話しかけただけで嫌われたくない…」
その瞬間、彼女の心は裂けた。
映像が変わる。
召喚の瞬間。
恐怖、混乱、絶望。
ポータルの前に立つユウトが、指揮官のように命令を下す。
「役に立たないなら……せめて邪魔するな!」
サヤカは従った。尊敬ではなく、恐怖から。
新しい世界で、彼女の知恵は他の英雄たちの「道具」にされた。
そして、ユウトは契約で彼女を縛った。
「お前の目が必要だ。心が、魂が必要だ。」
その契約は肉体だけでなく、意識にまで刻まれた。
ユウトは彼女の感情、思考、秘密すべてを監視できたのだ。
ライラが歯を食いしばる。
「これは普通の魔法じゃない。ネクロテクニア……異世界の禁術よ!」
「分かってる」とハルトは答えた。
「だから俺が壊す。」
ハルトはサヤカの胸に手を置いた。
ガチャが輝くが、いつもの黄金の光ではない。
今回は、純粋な闇のエネルギーだった。
――《発動:反逆の契約》
呪いは唸り声のように反応した。
黒い影が魔法陣を包み込み、
ハルトの体が震える。魂がサヤカの魂と繋がっていく。
カオリが叫ぶ。
「ハルト、やめて! 命が削られてる!」
「このままじゃ、ユウトの勝ちだ……」と彼は息を荒くしながら言う。
「もう誰も……失いたくないんだ。」
金属が砕けるような音と共に影が裂けた。
衝撃波が部屋を貫いた。
ライラは膝をつき、カオリが盾で彼女を守る。
封印が砕け散る。
サヤカは目を開け、震える呼吸を繰り返す。
首の黒い印は消えていた。
ハルトは力尽きたように後ろに倒れる。
サヤカは涙を浮かべながら彼を見つめる。
「どうして……私を助けたの?」
ハルトはかすかに微笑んだ。
「もう……操り人形はいらない。自由な人間がいい。」
***
数時間後、サヤカは月明かりに照らされた部屋で目を覚ます。
隣にはカオリが、優しい微笑みで座っていた。
「呪いは消えたわ。でもユウトとの絆……傷跡は残ってる。」
「分かってる……感じるの。」
扉が開き、ハルトが入ってくる。まだ顔色は悪いが、その瞳は強く光っていた。
「感謝なんて……しないわ」とサヤカが言う。
「求めてないさ」とハルトは答える。
「ただ、知りたいだけだ。」
「何を?」
「今でも俺を、理解したいと思っているか……それとも、恐れているのか。」
サヤカは数秒迷った後、立ち上がり、彼の前に歩み寄り、深く頭を下げた。
「今回は……自らの意志で、あなたの側に立ちます。贖罪ではなく、選択として。」
ハルトはゆっくりとうなずく。
「なら、立て。サヤカ。
今日から、お前は俺の軍師だ。」
後方でライラが微笑む。
「天才の頭脳が混沌に仕えるとは……皮肉ね。」
カオリが腕を組んで睨む。
「私は騙されない。裏切ったら……次は私が始末する。」
サヤカは、かすかな笑みを浮かべて答えた。
「当然よ。筋は通ってるわ。」
その頃、フレイガルドでは――
ユウトの背筋に冷たい戦慄が走った。
彼の手の中で、呪われた石が完全に砕け散った。
カガミが驚きの表情で彼を見る。
「何が起きた?」
「ハルトが……繋がりを断ち切った。」
「そんな……ありえない、どうやって?」
ユウトはしばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「つまり……奴はもう“準備が整った”ということだ。」
「本当の戦いが、いよいよ始まる。」
地平線の彼方に、黒きオーロラが空を照らす。
それは――
運命と運命が衝突する、最後の戦争の序章だった。
――つづく。




