氷の果て、黒い太陽
黄金の城の回廊に、足音が響いていた。
外では静かな雨が屋根を叩き、
まるで空が――止めようもないものを鎮めようとしているかのようだった。
戦略の間。
ハルトは新たな報告書に目を通していた。
地図、封印、傍受された書簡。
どの情報も、同じ結論にたどり着いていた。
「ふむ……“永劫審判の騎士団”と名乗っているのか」
椅子に身を預け、ハルトは呟く。
隣に立つアウレリアが頷いた。
「高峰悠人と鏡俊介を中心に、北方諸国が手を組んだ同盟です。
氷が溶けぬ地、フレイガルドの国境に軍を集めています」
マルガリータは鼻を鳴らし、帽子を整えた。
「名は立派だけど……結局は墓場の入り口よね」
カオリが真剣な表情で口を開いた。
「彼らはただの兵ではありません。
中には、召喚された生存者……かつての仲間たちもいます」
空気が重くなる。
ハルトは目を閉じた。
「なるほど……盤面がようやく整ったな」
「裏切者も、聖者も、死者までも……すべて、北へ集まる」
リラが大きな地図を広げた。
青く染められた山脈と氷の谷が印されている。
「フレイガルド王国は、三つの主要区域に分かれています」
彼女の声は冷えきっていた。
「第一:グレイルン砦――同盟の本拠地。
悠人と俊介はそこにいると思われます」
「第二:ヴェイルン氷原――兵の訓練地。
「第三:ロセンの聖域――古代魔力が集まる神殿。
噂では、そこで“対ガチャ用の神聖結界”を構築しようとしているとか」
アウレリアは眉をひそめた。
「“ガチャ対策の結界”? そんなの、実現可能なのか?」
リラは目を伏せた。
「理論上は無理です。
……でも、もし成功すれば、
マナそのものを遮断できる“絶縁領域”が生まれるかもしれません」
「つまり、あなたでさえ触れられない領土を作ることになる……ハルト」
部屋の空気が凍りつく。
灯された松明の火が、パチパチと鳴る音だけが響いていた。
「……どれくらいの猶予がある?」
ハルトの問いに答えたのは、部屋の隅にいたモモチだった。
「三週間、いや、それ以下でしょう。
北方への補給速度が、予想以上に早いです」
ハルトは立ち上がった。
窓に映るその瞳には、恐れも怒りもなかった。
――ただ、揺るがぬ決意。
「ならば――こちらも待たない」
カオリが一歩前に出る。
「……まさか、直接攻め込むつもり?」
ハルトは首を振った。
「いや。
まずは“潜入”。
次に“情報撹乱”。」
「――審判を名乗る者たちには、
自らの影を裁かせてやる」
マルガリータが唇をつり上げた。
「つまり……狩りの始まりってことね?」
ハルトは低く、静かに答えた。
「違う。
これは粛清の始まりだ。」
その夜――雨の中、北方からの使者が黄金の城へとたどり着いた。
彼はフレイガルドの紋章を身に纏い、乗っていた馬は限界を超えていた。
城門の前で、彼は最後の力を振り絞り、ただ一言だけを残す。
「……黄金の太陽は沈む。
そして、氷だけが――立ち続ける……」
そのまま、彼の身体は崩れ落ちた。
胸元には、寸分の狂いもなく突き刺された短剣。
柄には“審判の騎士団”の印章が刻まれていた。
ハルトはその短剣を拾い、刃に映る自らの顔を静かに見つめた。
「……宣戦布告、というわけか」
「いいだろう」
彼が顔を上げたとき、
曇天の向こうに銀の閃光が空を走った。
その高み――黒の塔の上。
セリス・ノワール――“死”そのものが彼を見下ろしていた。
漆黒の翼が、ゆっくりと広がっていく。
それはまるで、運命という名の鐘の音に応じるように。
「……氷が砕ける時――
この世界は、震えるだろう」
セリスのささやきが、風に溶けて消える。
ハルトはわずかに笑みを浮かべた。
「ならば……震えさせよう」
その瞬間、城の大広間の炎が青白く燃え上がった。
北の空には、黒き太陽の影が、ゆっくりと――だが確かに昇り始めていた。
――つづく。




