金の月の下で
夜は黄金の王国を包み込んでいた。
城は静寂に満ち、
風の音と松明の炎だけが廊下を満たしていた。
ハルトはゆっくりと上層のバルコニーを歩き、
遠くで蛍のように瞬く王国の灯りを見つめていた。
久しぶりに、
彼の思考は戦略や敵ではなかった。
ただ、少女たちの言葉と、
「許す」とは本当に何を意味するのかを考えていた。
「俺は新しい世界を創っているのか…
それとも同じ過ちを繰り返しているのか…?」
その思考をやわらかい声が遮った。
「まだ起きておられるのですね、我が主。」
それはカオリだった。
銀色の髪は月光を映し、
黄金の瞳は王座の炎のように穏やかに輝いていた。
彼女は白いシンプルなドレスを身にまとい、
鎧も魔法もなかった。
ただ、彼女自身だった。
ハルトは彼女を見つめた。
「戦よりも、沈黙の方が重くて眠れないんだ。」
カオリは優しく微笑んだ。
「沈黙も、誰かと分かち合えば癒しになりますよ。」
二人はともに中庭の庭園へ歩いた。
夜の花々は露とともに開き、
中央の噴水は水面に黄金の月を映していた。
カオリは立ち止まり、懐かしげに彼を見つめた。
「カイトだった頃、私は“愛”を
力や名声で勝ち取る“報酬”だと思っていました。
でも今は…」彼女は両手を見つめながら言った。
「また何かを感じる資格があるのか、わからないんです。」
ハルトは黙って見つめた。
創造主でも、師でも、救済者でもなく、
ただ、他人の人生の重さを知る者として。
「感じることに罪はない。」
彼は静かに言った。
「魂は変わる。だが心は…
たとえ瓦礫の中でも光を探し続けるものだ。」
カオリは顔を上げた。
その目が彼と重なる。
一瞬、世界が止まった。
「ハルト…」
彼女は囁いた。
「あなたが救ってくれなければ、
私は自分が誰かもわからなかった。
でも、あなたのそばにいると…
胸が、説明できない鼓動を打つんです。」
彼女は一歩、近づいた。
二人の間の空気が重くなった。
マナと呼吸の混じる気配。
ハルトは穏やかに、だが内心は燃えるように見つめた。
「カオリ…
理解しなくていい。
ただ…生きて。」
月光が二人の顔を金色に染める。
カオリは手を伸ばし、ハルトの頬にそっと触れた。
「あなたは私に“目的”をくれた…
でもそれ以上に、思いもしなかったものもくれました。」
「なんだ?」と彼が尋ねる。
「希望です。」
彼女は目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけた。
唇がほとんど触れそうになった瞬間、
ハルトは彼女の肩に優しく手を置いた。
「カオリ…
その一線を越えたら、もう戻れない。」
カオリは、切なさと願いの混じった瞳で彼を見た。
「戻らなくていいんです。
ここに…いたいだけ。」
初めて、ハルトは言葉を失った。
その手は彼女の頬の上で、かすかに震えた。
沈黙がすべてを語った。
カオリは彼の胸に額を当て、
彼の鼓動を感じた。
ハルトは、月を見上げたまま、こう言った。
「一つ、約束しよう。」
カオリの声は静かだった。
「何があっても…
みんながあなたを裏切っても、私はしません。
世界があなたを恐れても、私は共に歩みます。
もしあなたが倒れる時は…私も共に倒れます。」
ハルトは目を閉じた。
「ならば俺も、約束しよう。
もう…君を独りにはさせない。」
カオリは顔を上げた。
唇が、今度こそ静かに触れた。
それは情熱ではなく――
信頼のキス。
すべてを失った二つの魂が、
やっと見つけた「守りたいもの」。
その静かな誓いだった。
城の高みから、アウレリアは影の中で見つめていた。
何も言わず、ただ優しく微笑んだ。
「ついに……
黄金の太陽に、月が生まれたのね。」
夜は続き、
黄金の王国は静かに眠りについた。
罪に刻まれた心と、
贖いに導かれた心――
二つの鼓動が、初めて同じリズムで鳴り始めた。
――つづく。




