光の継承者
***
朝陽が黄金の塔を照らす頃、
空気には鉄の匂い、汗の重み、打ち鳴らされた土のざらつきが満ちていた。
中央の訓練場では、弟子たちが絶え間なく鍛錬に励み、
その様子を五人の師たちが観覧席から見守っていた。
アウレリアはセリナと剣を交え、
金の炎が空を斬る。
マルガリータはリナに、
魂を失わずに鞭を操る方法を教える。
カオリは池のほとりでナナと瞑想し、
水音だけを聞いていた。
モモチとカヨは、影の中に消えては現れ、
誰にも気づかせない。
リラはミラの姿勢を直し、
弓に宿る精密さと静寂を語っていた。
***
そのすべてを、ハルトは上階のバルコニーから静かに見下ろしていた。
カオリが近づき、柔らかな笑みを浮かべる。
「彼女たちが学んでいるのは、戦い方だけじゃないわ。
“信じる理由”を見つけている。」
ハルトはゆっくりと頷いた。
「ならば、今こそ聞くべき時だ。
――なぜ彼女たちは、ここに残ったのか。」
***
正午の鐘が鳴り響く。
弟子たちは訓練を終え、
息を切らしながら、中央に整列した。
汗と塵にまみれたその姿は、
まぎれもなく「戦う者」の姿だった。
ハルトが階段を降りてくる。
その背で揺れる金のマント。
「君たちは皆、逃げることもできた。
この戦いを忘れ、生き延びることもできた。
――だが、残った。」
その黄金の瞳が、一人ひとりに注がれる。
「なぜだ?」
広場に、風だけが動く静寂が落ちた。
アウレリアが一歩引き、
セリナにその場を譲る。
セリナは、まだ震える手を見下ろしながら、深く息を吸った。
「もう…“役立たず”って言われるのは、うんざりなんです。
誰にも聞かれない人生は、もう嫌。
――ここでは、誰にも“存在の許可”なんていらない。」
その声には、確かな火が宿っていた。
ハルトは静かに頷く。
「君の炎には、すでに名がある。
セリナ・パイロソウル――
“灰から再び立ち上がる者”だ。」
***
カオリが優しくナナの肩に手を添える。
「ナナ、話してごらん。」
ナナは顔を上げ、澄んだ瞳で言った。
「“癒やす”って、命を救うことだけじゃない。
まだ歩き続ける人たちに、意味を与えることだと思う。
世界が痛むなら――私は、その痛みの“治癒の一部”になりたい。」
その誠実さに、空気が温かく変わった。
マナが答えるように、光が柔らかく彼女を包む。
「ならば、君は傷以上を癒す者。
ナナ・ハルモニア――
“痛みと希望の均衡を保つ者”だ。」
***
「さあ、次はどのガキが吠えるのかしら?」
マルガリータが、楽しげに腕を組む。
リナは唾を吐き捨て、にやりと笑った。
「私が残ったのは…“正義”を語るだけで、弱い者を踏みつける奴らにうんざりだから。
偽善の“英雄”なんかより、
本音で生きる“怪物”のほうが、まだ信じられる。」
ざわめきが広場に走る。
だがハルトは笑わなかった。
その瞳には、確かな敬意が宿っていた。
「ならば、お前はリナ・カーミンゲイル――
怒りでなく、“真実”を打ち込む者だ。」
マルガリータが豪快に笑う。
「気に入った。あんた、昔の“男ども”より肝が座ってるわね。」
***
影の中から、静かに現れたカヨ。
モモチが低く問いかける。
「……なぜ残った?」
カヨは拳を握り、俯いたまま言う。
「私は……誰にも気づかれない。
話しても、消えても、誰も探さない。
でも、ここでは……“沈黙”すら、記録に残る。」
モモチは仮面の奥で微笑む。
「ならば、君の影は太陽よりも眩しい。
カヨ・ミラージュ――
“闇に足跡を刻む者”だ。」
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リラがミラの肩に手を置く。
「さあ、君の矢は何を射る?」
ミラは弓を構え、空を見上げる。
「私は、勝つために撃つんじゃない。
知るために撃つ。
一射ごとに、“かつての私”と、“これからの私”が近づいていく。」
ハルトは深く頷く。
「ならば、君の目は未来を貫く。
ミラ・スカイベイン――
“恐れを越える眼差し”だ。」
***
全員の声が出そろったとき、ハルトは彼女たちの前に立った。
風が舞い上がり、金のマントが揺れる。
「――わかった。
君たちは、“愛”のために残ったわけではない。
“義務”のためでもない。
世界が、君たちの声を奪った。
だがここで――君たちは、それを取り戻した。」
ハルトが手を掲げる。
天から黄金の光が降り注ぎ、
それぞれの胸に**“黄金の太陽の印”**が刻まれた。
「君たちは、もう“弟子”ではない。
“黄金の意志”を継ぐ者たちだ。」
五人は、涙を浮かべながら膝をついた。
それは服従のためでなく――誇りのため。
カオリが、彼女たちの間で囁く。
「ハルトは、彼女たちを救ったんじゃない。
――彼女たちを、“認めた”の。」
***
その夜――
中庭にはまだ、松明の火が揺れていた。
弟子たちは疲れ果てながらも、剣を交え、魔法を試し、
笑い合い、倒れ、そしてまた立ち上がっていた。
その様子を、ハルトとアウレリアは高台から見下ろしていた。
「……彼女たち、もう“戦う準備”はできてると思う?」
アウレリアが問う。
ハルトは、静かに答える。
「運命に“備えられる者”などいない。
だが――
彼女たちは、少なくとも“目を開いたまま”その道を進んでいる。」
風が吹き抜け、
火の粉が金の光となって夜空へ舞い上がる。
それは、久しぶりに――
この“黄金の王国”が、
ただの牢獄ではなく、**“居場所”のように思えた夜だった。
――つづく。
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