分裂の夜
黄金の間は薄暗く、
松明の炎が柱に揺れる影を投げかけていた。
その空気は、まるで石のように重かった。
ハルトは、かつての仲間たちの前に静かに立っていた。
怒りはなかった。
ただ、もはや救いを求めることをやめた者の静けさがそこにあった。
「もう真実は知っているだろう」
その声は、壁にこだまするように響いた。
「赦しを求めているわけじゃない。
求めているのは――均衡だ。」
その言葉は返答を求めてはいなかった。
だが、五人の視線は、いずれも嵐のように激しかった。
最初に一歩を踏み出したのは凛だった。
涙で赤く腫れた目で、まっすぐにハルトを見つめる。
「ハルト…私はあなたを傷つけた。
でも…もしこれが正義だというなら――
私も、同じ方向に矢を放てるようになりたい。」
ハルトはしばらく彼女を見つめた。
微笑むことはなかったが、その沈黙が肯定の印だった。
凛はうつむき、小さくつぶやいた。
「過去は変えられない。
だけど、背負うことはできる。」
その様子を後ろから見ていた香織は、静かに微笑んだ。
悔いと忠誠の狭間を、初めて越えた者だった。
次に口を開いたのは悠翔だった。
怒りと羞恥の入り混じった表情で言った。
「均衡だと?
綺麗な言葉だな、ハルト。
だがそれは正義じゃない。
支配だ。」
彼は剣を抜いた。
「復讐じゃないと言いながら、その手は血で染まってる。
世界を壊して救う? お前にそんな資格があるのか?」
ハルトは動かず、静かに言った。
「では問おう。
お前のその力で、誰かを救えたか?
それとも――
自分の誇りを守るためだけに使ったのか?」
その沈黙は、どんな剣よりも重かった。
悠翔は歯を食いしばった。
「ならば…お前を止めるために死ぬ覚悟はできている。」
その間に、美弥妃が二人の間に立ちはだかった。
「もうやめて!」と叫ぶ。
「私は…ずっと黙っていた。
だから、すべてが崩れたの。」
彼女はハルトに向き直る。
「あなたが正しいかどうかはわからない。
でも、今の世界はあなたの声に耳を傾けている。
あなたは怪物なんかじゃない。
痛みから学んだだけの人間よ。」
その言葉は、壊れた祈りのように空中に浮かんだ。
悠翔は失望したように彼女を見つめた。
「お前もか、美弥妃?」
「違う…」と彼女は答える。
「ただ思うの。今度こそ、誰も黙ってはいけないって。」
鏡はずっと沈黙していた。
手を後ろで組み、冷静な目で見つめていた。
まるで未知の現象に向き合う科学者のように。
「ハルト…君の論理は完璧だ。
君の世界は機能している。
でも――
完璧なシステムは、魂を殺すこともある。」
彼は一歩、後ずさる。
「混沌なき世界に、進化はない。
君が築いた秩序は…
ただの金の檻だ。」
ハルトは落ち着いた声で返す。
「では、混沌が苦しみであった時、君は何をした?
…何も。
今、君が裁いているその秩序は、
君には創れなかったものだ。」
鏡は目を閉じた。
「ならば仕方ない。
敵ではなく、“変数”として立ちはだかるだけだ。」
直哉はずっと黙っていた。
話す資格があるのかもわからずに。
だが、ついに口を開く。
「俺には…意見する資格なんてない。
ただ見ていた。
みんなが去り、死んでいくのを…何もできなかった。」
しばらく沈黙し、こう続けた。
「けど、もしこの世界が、俺たちの廃墟から再生できるのなら…
なら、俺はお前と歩く。ハルト。」
悠翔は信じられないという目で彼を見る。
「…お前が? あいつと?
王国を壊しかけた男と?」
直哉はまっすぐ彼を見返す。
「俺は、何かを築こうとする“破壊者”を選ぶ。
偽りを守る“英雄”よりも。」
大広間は、明確に二つに分かれた。
凛、美弥妃、直哉――ハルトと共に歩もうとする者たち。
悠翔と鏡――剣と知恵で対抗する者たち。
ハルトは彼らの前に歩み寄る。
「俺は、お前たちを憎んでいない。
憎しみとは、まだ赦しを信じる者の贅沢だ。
ただ、これだけは覚えておけ。
――もし剣を抜くなら、最後まで下ろすな。」
風が吹き抜け、松明の火をすべて吹き消した。
闇の中に、ハルトだけが金色の光を放っていた。
その奥で、香織が静かに語った。
「世界は変わった。
そしてこれは…ただ最初の“ひび割れ”に過ぎない。」
その夜、黄金の王国は二つに割れた。
守ると誓った者たち。
壊すと決めた者たち。
そして、隣国に噂が広がり始める――
「堕ちた英雄が、正義をもって王国を治めている。
かつての英雄たちは、それを止めるために立ち上がった」と。
星々が城壁にきらめく中、
塔の上からそれを見つめるハルトは、低く呟いた。
「ならば、始めよう。新たな“遊戯”を。
英雄たちが怪物を裁いた。
今度は――怪物が英雄を裁く番だ。」
――つづく。




