審判の書簡
黄金の太陽が宮殿の屋根の上にゆっくりと昇っていく。
鐘の音が新たな一日を告げていた。
だが、かつての仲間たちが滞在する部屋では、その静けさは偽りだった。
五通の手紙が、それぞれ異なる印が押された金色の封蝋で封じられ、各部屋の前に置かれていた。
誰が置いたのか、誰も知らなかった。
だが、尋ねる必要もなかった。
藍沢ハルトは復讐のために語るのではなかった。
運命のために語っていた。
彼の手紙の封印には、黄金で刻まれた笑いの印があった。
凛は一息で封筒を破った。
中には一文:
「その嘲笑の重みを理解した時にだけ、矢を放て。」
―H.A.
目の前に、黄金の光でできた弓が現れる。
その先には、空中に浮かぶ一枚の鏡。
鏡に映ったのは、過去の自分――
仲間に囲まれ笑っていた自分の姿。
その足元には、血を流して倒れるハルト。
嘲る声は、まるで自分のものではないようだった。
目を逸らそうとしたが、できなかった。
鏡の中の自分が語りかける。
「楽しかったの、凛? それとも、私になるのが怖かっただけ?」
凛は強く弓を握りしめた。
「違う! 私じゃない! そんなことしたくなかった!」
「じゃあ、なぜやったの?」
手にした矢が震える。
彼女は鏡に向かって矢を放った。
鏡は砕け、無数の破片となり、どれも彼女の嘲笑の記憶を映していた。
全てが消えたとき、凛は膝をつき、涙を流した。
彼女の試練は「勝つこと」ではなかった。
触れずとも、人は傷つけることがある――その現実を受け入れることだった。
彼の手紙には、折れた剣の封印があった。
中には一行だけ:
「強さとは、誰に勝ったかでなく、誰を守ったかで測られる。」
それを読んだ瞬間、彼は誰もいない野原に立っていた。
目の前には見覚えのある姿――学生時代の自分、木刀を構えている。
「まだ自分が強かったと思ってるのか、悠翔?」
「俺はただ、この世界のルールに従っていただけだ。」
「違う。ルールがお前に従っていただけだ。」
過去の自分が襲いかかる。
圧倒的な力で何度も打ち込まれるたび、声が響く。
「お前は一緒に笑っていた。」
「お前は奴を弱いと言った。」
「止められたのに、黙っていた。」
悠翔は叫びながら防ごうとするが、過去の自分は速すぎた。
ついに彼は木刀を落とし、息を切らして言った。
「そうだ…俺は臆病者だった…」
「なら、学べ」と過去の自分は言い、消えていった。
「頼まれなくても、守れ。」
折れていた剣が、彼の手の中で元の形に戻る。
それは、初めて「誇りなく」握った剣だった。
彼の手紙の封印は、閉じた目だった。
中には白いヴェールに覆われた鏡があった。
それに触れた瞬間、笑い声、罵声、殴る音。
そして、自分の息を殺す音が聞こえた。
「なぜ黙っていたの?」――自分と同じ声が囁いた。
美弥妃は首を振り、震えて言った。
「怖かったの…」
「じゃあ、彼は?」
ヴェールがめくられた。
教室の床に倒れるハルトを、周囲で取り囲む生徒たち。
そして彼女自身が、そのすぐ近くで俯いて立っていた。
「もしあの時、たった一言でも言ってくれたら…
私は救われたと思う?」と声が問う。
涙が頬を伝う。
「わからない! わからないのよ!」
「なら、今、知るのよ。」
鏡がひび割れ、温かな光が彼女を包んだ。
初めて、美弥妃は「沈黙もまた、残酷である」と理解した。
手紙の封印は、尾を噛む蛇だった。
中にはこう記されていた:
「共感なき知識は、破壊に他ならない。」
景色が変わり、氷に覆われた研究室に。
机の上には、結晶のように凍った記憶の数々:
倒れるハルト、実験、そして「社会的行動」に関する理論。
「私はただ観察していただけだ」と鏡の中の自分が言った。
「それが間違いだった」と、目の前に現れたのは本物のハルトだった。
幻ではない。
彼の声は低く、重かった。
「お前は、彼らが何をしているかを知っていた。
それを論文に変えた。
痛みを理解したつもりで、何も感じていなかった。」
鏡は怒りと罪悪感で彼を見つめた。
「じゃあどうすればいい!? 過去は変えられない!」
「なら、理性の意味を変えろ。」
氷が砕ける。
そして初めて、カガミは本当の“寒さ”を感じた。
手紙の封印には、開かれた空の手が描かれていた。
中には一行のみ:
「今度は、逃げるな。」
彼の視界は、あの崖へと移った。
ハルトが落ちた場所。
その光景が何度も繰り返される。
逃げる仲間たち。
手を伸ばすハルト。
そして、自分は――一歩、後ろへ。
風が叫び、過去の声が刃のように突き刺さる。
「なぜ、お前じゃなくて、ハルトが落ちたんだ、直哉?」
ナオヤは膝をついた。
「怖かったからだ! 死にたくなかったんだ!」
「ならば――なぜ今、お前は生きている?」
ハルトの姿は消え、声だけが残った。
「今度は、誰かが手を差し伸べたら――絶対に離すな。」
ナオヤは立ち上がった。
崖は消え、ただ静寂だけが残っていた。
日が暮れるころ、五人は大広間へと戻ってきた。
ハルトはそこで立って待っていた。笑みも、非難もなく。
凛の目は泣き腫らしていた。
悠翔は背筋を伸ばして歩いていた。
美弥妃はまだ涙を流していた。
鏡は沈黙を守っていた。
そして直哉は――まっすぐに彼を見つめていた。
「お前の試練は…罰じゃなかったんだな」
震える声で直哉が言った。
ハルトはうなずいた。
「罰を与えるのは、過去だ。
俺はただ――扉を開けただけだ。」
その背後で、香織がそっとつぶやいた。
「それで…これからは?」
ハルトは視線を落とし、静かに答えた。
「これからは、“誰がまだ人間でいられるか”を見届ける。」
松明の炎が金色に染まった。
床に揺れる五つの影。
決まろうとしている五つの運命。
――つづく。




