黄金の提案
ヴェルマリア北王国――肌を裂く風と、飢えに震える村々。
長らく戦火から遠ざかっていたこの地も、
南から昇る太陽を無視することは、もはやできなかった。
評議会の広間では、貴族や将軍たちが震える声で議論を交わしていた。
交易路は断たれ、兵は脱走し、
そして民衆は……黄金の賛美歌を口ずさみ始めていた。
絶望に老いた王が机を叩いた。
「畜生!奴らは何が目的だ?金か、領地か、貢ぎ物か?」
「どれでもない。」
――その声は、広間の奥から響いた。
誰も触れていない扉が静かに開き、
空気が暖かくなり、香の香りが漂った。
闇の中から現れたのは、黒地に金の縁をあしらった外套をまとう、相沢ハルトだった。
彼の隣にはカオリ、マルガリータ、オーレリア、モモチが並び、
その圧倒的な存在感に、衛兵たちは槍を構えることさえためらった。
「ただ一つ――対話を望みに来た。」
ハルトは穏やかに微笑んだ。
王はゆっくりと立ち上がった。
「三つの王国を焼き払った悪魔……貴様か?」
「悪魔?」
ハルトはその言葉を味わうように繰り返した。
「いいえ、陛下。悪魔は学校を建てたり、孤児に食事を与えたりはしない。
私は……人の過ちを正すものです。」
広間は静寂に包まれた。
ハルトは迷いなく歩き、地図を指差した。
「ヴェルマリアは、今や死にかけている。
交易は崩壊し、貴族は貪り、民は貴方たちを信じていない。
――だが、それを変えることはできる。」
王は眉をひそめた。
「何を差し出すつもりだ?」
ハルトは指を一本立てた。
「秩序を。」
「見返りは?」
「真実を。」
王は神経質に笑った。
「真実?真実で国を治められるものか!」
ハルトは静かに笑った。
「だから、国は滅ぶのです。」
オーレリアが前に出て、魔術盤を展開した。
そこには農業、物流、鉱山のデータが浮かび上がる。
「二ヶ月で生産性を倍にできます。」
カオリが続ける。
「汚職も九割減らせる。誰が盗めば、すぐに分かる。」
マルガリータは鞭を鳴らしながら微笑んだ。
「理解できなければ、身体で教えるわ。」
貴族たちは青ざめた。
だが王は引き下がらなかった。
「もし拒否したら……?」
ハルトはゆっくりと振り返った。
「“拒否”は……書き換えるだけです。」
空気が重くなり、見えざる圧が広間を満たす。
燭台が揺れ、王の声は震えて消えた。
ハルトはわずかに頭を下げた。
「王位を奪う気はない。望むのは協力です。
――陛下がこの民を治めるのは、我らの光のもとで。」
数週間後、ヴェルマリアは変わり始めた。
市場は再開され、税は公平に分配され、
物乞いであふれていた街路も清掃された。
古い神殿は「黄金の太陽学院」として再利用され、
子供たちは正義と均衡の教えを学んだ。
民衆は、何世代ぶりかに笑顔を見せるようになった。
貴族たちは「南の支配」と陰で囁いたが、
誰も新たな秩序の効果を否定できなかった。
バルコニーから見下ろすカオリは微笑んだ。
「これが復讐なのか、再生なのか……時々分からなくなるわ。」
ハルトは地平線を見つめた。
「どちらも同じだ。一方が壊し、もう一方が生まれる。」
人の姿に戻ったオーレリアが背後に舞い降り、
金の髪を太陽の下で輝かせた。
「スパイからの報告よ。ナオヤたちがこちらに向かってる。」
ハルトはうなずいた。
「ちょうどいい。
――彼ら自身の目で、この世界を見てもらおう。」
その夜、黄金の太陽の紋章が王国の城壁に投影された。
何千もの松明がそれに呼応した。
民衆は集い、雲に覆われた黄金の月の下で歌を歌った。
ハルトは最も高い塔からそれを見下ろしていた。
「恐れは人を従わせる。
だが、真実は……信仰を生む。」
カオリが頭を下げる。
「昔の仲間たち……来たらどうするつもり?」
ハルトは目を閉じて、静かに答えた。
「きっと、俺を止めに来るだろう。
だが――この世界を見れば……
もしかしたら、共に歩むことを選ぶかもしれない。」
北から風が吹きつけた。
嵐の予兆が空に響く。
新たな戦いが始まろうとしていた。
だがそれは、もはや「善と悪」の争いではない。
――正義と正義のぶつかり合いだった。
――つづく。
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