氷の賢者
ヴェルマリア北部の山々に氷の風が吹き荒れていた。
そこは音すら凍りつく、果てしない氷河の大地。
吹雪の中、五つの人影が雪の中を進んでいた。
「くそっ、この寒さ……」と雨宮ユウトが顔をマフラーで覆いながら唸った。
「本当にこんな所に誰か住んでるのかよ、ナオヤ?」
ナオヤは足を止めずにうなずいた。
「ヒロトは元々、隠遁者だった。生き延びるとしたら、奴しかいない。」
弓を肩にかけた神崎リンは緊張した面持ちで後ろを歩いていた。
「その価値があるといいけどね。もし黄金の太陽がここまで来たら、もう隠れる場所なんてない。」
癒し手・朝倉ミヤビは咳き込み、腕を抱えた。
「この寒さ……自然じゃない。」
「違うな。」ナオヤは遠くを見つめた。「これは錬金術だ。」
吹雪の中、彼らはやがて青く光る光源を見つけた。
それは人間離れした精巧さで刻まれた氷の塔の群れ――鏡の研究所だった。
施設の入口には、凍りついた兵士たちの像が並んでいた。
彫像ではない……本物の人間が凍っていたのだ。
彼らが門をくぐると、上方から声が響いた。
「過去に埋もれるべき死者たちが……何の用だ?」
バルコニーから、鏡ヒロトが姿を現した。
銀の模様が刻まれた白い外套をまとい、淡い青髪が片目にかかっていた。
その片目はガラス製のモノクルで覆われており、手には星のように輝く液体が入った氷の杖を持っていた。
ナオヤが一歩前に出た。
「ハルトは生きている。」
杖の動きが空中で止まった。
「そうか……やはり。」
ヒロトはゆっくりと降りてきた。
「国を滅ぼした男の噂は聞いていた。
誇張かと思ったが……ハルトだったなら、世界は終わる。」
ユウトが焦るように前に出た。
「だから来たんだ!止めるために、力を貸してくれ!」
ヒロトは悲しげに微笑んだ。
「止める?君たちが彼を作ったんだ。」
「何だと?」リンが怒りをあらわにした。
「皆、彼を嘲笑し、見捨てた……今さら世界を救いたいだと?」
ナオヤは歯を食いしばった。
「残酷だったわけじゃない。怖かったんだ。」
「恐怖……」ヒロトは杖を回した。「それは最も優れた触媒だ。」
その時、地面が揺れた。
研究所の裂け目から、凍てつくような咆哮が響いた。
半分が竜、半分が機械の巨大な存在が地を割り、冷気の吐息を放った。
ヒロトはため息をついた。
「私の守護獣たちは、来訪者を好まない。」
「なら止めてよ!」ミヤビが叫んだ。
「できない。」と彼は静かに言った。「これは試練だ。」
ナオヤは剣を抜いた。
「このままじゃ全滅するぞ!」
「ここで死ぬなら……ハルトの記憶から、君たちは消えるだろう。」
リンが火を帯びた矢を放った。
怪物は咆哮し、周囲の氷を溶かした。
ナオヤとユウトが側面から斬りかかり、ミヤビは光の盾を展開した。
激しい戦闘の末、ナオヤは剣を怪物の結晶の心臓に突き刺し、
それは無数の氷片となって砕け散った。
沈黙が戻った。
ヒロトは静かに降り立った。
「まだ力は残っているようだな……だが、覚悟はどうだ?」
ヒロトは近づき、手を差し出した。
「手を貸そう。ただし、理解しておけ。
ハルトはもう、かつての生徒でも英雄でもない。
彼は“原理”だ。浄化のために全てを焼き尽くす炎。」
ナオヤはまっすぐに彼を見つめた。
「ならば、炎には……俺たちが氷になる。」
ヒロトは微笑んだ。
「……いいだろう。」
彼は複雑な紋様の刻まれた青い石を差し出した。
「この錬金術式の羅針盤は、黄金のエネルギーを追跡できる。
だが気をつけろ……太陽を追う者は、いずれその炎に焼かれる。」
風が再び吹き荒れる中、
ナオヤ、リン、ユウト、ミヤビ、そしてヒロトの六人は南へと歩き出した。
その足音は雪原に響き、彼らが戻ることのない運命へと進んでいった。
その夜、山中で野営していたとき、リンが小さな声で言った。
「ナオヤ……ハルトは、まだ私たちの名前を覚えてると思う?」
彼は焚き火を見つめながら、答えなかった。
なぜなら分かっていたからだ。
覚えている。
だからこそ――彼は待っているのだ。
――つづく。




