決裂の予言
アルデバラン──中立の首都。その大広間が百年ぶりに閉ざされた。
水晶のランプの下、六人の王とその重臣たちが沈黙のまま集っていた。
空気はあまりに重く、衛兵でさえ呼吸を控えているようだった。
最初に口を開いたのは、ヴェルマリア王国のアルヴレッド王。
鋼の篭手で机を叩きつけた。
「もう無視はできん!
黄金の太陽の王国は疫病のごとく広がっている。
この一ヶ月で、我らの英雄三人が行方不明、あるいは公開処刑された。」
北方のユグレイン女王──白髪に灰色の瞳──が氷のような声で返す。
「処刑? いいえ。彼の言葉では“浄化”よ。
彼の教義はこう──“真実を信仰に、恐怖を正義に変える”
そして民は、それを愛している。」
アラシ王国のドリアン王は歯を食いしばった。
「我が港は軍の支配下にある。
民は“黄金の執行者”とやらの讃美歌を歌っている。
私の兵でさえ、あいつを崇めている始末だ!」
ヴェルマリアの宰相は汗をかきながら、一冊のファイルを机に落とした。
中には目撃証言、肖像画、図面が挟まれていた。
全てに描かれていたのは──剣に断たれた太陽の印。
アルヴレッド王:
「このままでは、自由な王国は残らぬ。
ハルト・アイザワは同盟など求めていない。
彼が望むのは──完全なる支配だ。」
ユグレイン女王:
「それでも、彼の正義は民に歓迎されている。
その軍勢は、恐れも腐敗もなく命令に従う。
我々の兵士たちは…すでに我々に疑いを抱いている。」
沈黙が支配した。
そのとき、南の王国の若き王子──王位継承者が、初めて声を上げた。
「もし黄金の太陽が、軍では倒せぬとしたら……
ならば、彼を知る者たちを使うべきでは?」
周囲は凍りついたように彼を見つめた。
「まさか…他の召喚者を使うと?」
「その通りです。
他にも英雄がいたはず──
大陸中に散らばった。
彼より先に見つければ…利用できる。」
その言葉は、大広間にどこか懐かしい残響を残した。
かつてエルタリアの王が用い、そして命を落とした戦略だった。
会議は合意に至らず、解散となった。
だが、誰もが一つの認識を共有していた。
──ハルト・アイザワは、太陽が世界を照らしきる前に殺さねばならぬ。
***
西方の砂漠の果て。
擦り切れたマントを羽織り、青年が砂丘を歩いていた。
彼の名は──天道ナオヤ。
ハルトとともに召喚された、かつての同級生。
風が笛のように警告を奏でる。
周囲には砂と沈黙だけ。
それでも、黄金の太陽の噂は彼のもとへ届いていた。
廃れた宿屋で、傭兵たちが話すのを耳にした。
「聞いたか? あの“黄金の執行者”、元の世界じゃただの落ちこぼれだったらしい。」
「それが今じゃ一国の支配者。
他の“偽の英雄”たちは、自分の仲間に裁かれたってな。」
「なんて名前だった? ハルト…何とか。」
ナオヤの拳が強く握られた。
彼は思い出していた──
高校時代。
押しのけられ、笑われ、見下された彼。
ハルトが殴られるのを見て、自分も笑っていた。
味方するより、群れに加わる方が楽だったから。
「ありえねぇ…」ナオヤはつぶやいた。
「アイツがそんな…はずが……」
だが──彼の脳裏に焼き付いていた最後の映像があった。
森の中で捨てられる前、
振り返って彼を見つめていたハルトの眼。
ナオヤは外に出た。
赤く染まった空が砂丘に沈んでゆく。
そのとき、風が一枚の紙を彼の足元へと運んだ。
拾い上げると、それは一枚の布告だった。
「黄金の太陽は散らばりし英雄を求む。
従う者は生かされる。
逃げる者は…裁かれる。」
紙には金の紋章が刻まれていた。
ナオヤの体が震えた。
そのとき初めて──
彼は理解したのだった。
怪物は、ただの噂ではなかった。
エルタリアは、新たな夜明けの下で輝いていた。
すべての神殿に、黄金の太陽の旗がはためいていた。
民は讃美歌を歌っていた。
ハルトは最も高い塔からその光景を見下ろしていた。
手を欄干に置き、その隣でカオリが黙って立っていた。
「もし他の王国に憎まれたら?」
カオリが尋ねた。
「ならば恐れさせればいい」
ハルトは答えた。
「そして恐れれば…従うしかなくなる。」
その背後から、銀の髪を金属のように光らせたアウレリアが近づいてきた。
「もう後戻りはできない。
大陸中が、あなたの名を知ってしまった。」
ハルトは微笑んだ。
「ならば、覚えておくといい。
倒れた者としてではなく──
真実を見せつけた者として。」
地平線には、新たな砂嵐が立ち上っていた。
未来の戦の足音が、風に乗って迫っていた。
――つづく。




