黄金の粛清
宮殿の炎がまだ消えぬうちに、ハルトは貴族たちの方へと振り返った。
数十人の貴族たちが評議の間に集まっていた。
周囲を炎に囲まれ、彼らの金糸で飾られた衣装も、今や灰と恐怖でくすんでいた。
一人の貴族が震える声で一歩前に出た。
「選択の余地などなかったのです! 王が我々に強制したのです! 命令に従っただけなんです!」
ハルトはゆっくりと彼らの間を歩いていく。
アポロンの剣が、黄金の光を放っていた。
「命令…か?」
彼は穏やかに繰り返す。
「無垢な者たちを召喚せよと命じたのは誰だ?
魔力のために村々を犠牲にする条約に署名したのは?」
その貴族は膝をついて崩れ落ちた。
「どうか…お慈悲を…!」
ハルトは視線を上げる。
その金色の瞳には、怒りも憐れみもなかった。
ただ“決意”があった。
「赦しを与えるのは、俺じゃない。
――お前たちが壊した世界だ。」
彼が片手を上げると、隣に立っていたアウレリアが目を閉じて、息を吐いた。
黄金の炎が高く燃え上がり、貴族たちを包む。
彼らの叫び声はすぐにかき消され、
煙も影も残さず、炎に飲み込まれていった。
光が消えたあとに残されたのは――灰だけだった。
マルガリータが鞭に手を置き、空になった広間を見渡す。
「で、文書はどうする? ハルト。」
ハルトは、王印と封印された命令文でいっぱいの書棚を見つめた。
「歴史を書き換える。
この国が裏切りで滅びたのではなく、
正義によって終焉を迎えたことを――世界に伝える。」
カオリが近づき、箱から見つけた魔術記録を差し出す。
「これで、儀式が操作されていた証拠になるわ。」
ハルトはうなずく。
「すべての村に公表しろ。
“英雄たち”が何を隠していたのかを、誰もが知るべきだ。」
ライラ・フロストベインが手をかざすと、
冷たい風が廊下を吹き抜け、残った火を静かに鎮めた。
廃墟は、静かに、そして神聖に――沈黙した。
宮殿の大広場では、セラフィーヌが歌い始めた。
その声は煙の上に広がり、甘く、そして哀しげに響いた。
「《再生のアリア》」
その旋律は空気を震わせ、空間を浄化する。
かつて叫びが響いた場所には――静寂だけが残った。
集まっていた市民たちは、ひざまずいた。
それは恐れからではない。
――“畏敬”からだった。
「太陽の神が私たちを救った!」
ある老婆が叫んだ。
「王の時代は終わったぞ!」
他の者たちも声を上げた。
ハルトは宮殿のバルコニーへと現れる。
その姿は、朝焼けを背にした古の神のようだった。
溶けた玉座から解き放たれたルーンが、
星のように彼の周囲を回っていた。
その声は都中に響き渡った。
「エルタリアは王冠によって記憶されることはない。
その“崩壊”によって語り継がれるのだ。
今日から、この世界はもう偽りに導かれることはない。
真実によって統治される。
――容赦なき“光”のもとに。」
人々の歓声が城壁を揺るがすほどに響いた。
泣く者。
微笑む者。
だが、誰もが――彼から目を離さなかった。
アウレリアが静かに近寄る。
「…これからは、どうなさいますか?」
ハルトは地平線を見つめる。
朝日の第一光が、空を黄金に染め始めていた。
「――これからは、“拡張”を始める。」
マルガリータが口元を上げる。
「…それって、どういう意味よ?」
ハルトはアポロンの剣を握り、淡く燃える刃を見つめる。
「王国を壊すだけでは足りない。
この“世界全体”を――燃やす。」
そしてその誓いとともに、
“太陽の影”はもはや“影”ではなくなった。
それは、時代そのものになった。
宮殿の煙はすでに晴れ、
玉座の残骸は石と融合していた。
そしてその廃墟の上には、
新たな旗がはためいていた――
剣で割られた太陽。
それが、「黄金の太陽」の紋章だった。
民衆の咆哮の余韻が、まだ街の隅々に響いていた。
エルタリア――大陸の宝玉と呼ばれた王国は、もう存在しない。
だがその跡に生まれたものは、遥かに強大だった。
大広場では、人々が即席の祭壇を築いていた。
そこに、花を、貨幣を、そして磨かれた金の小さな太陽を捧げていた。
それは宗教ではない。
それは――感謝だった。
それは――恐れが信仰に変わった瞬間だった。
一人の老婆がろうそくを灯し、こう呟いた:
「もう神には祈らない…
震えさせた者に祈るのさ。」
風が吹いた。
炎がらせんを描きながら、空へと昇っていく。
それを“しるし”と見る者もいた。
“前兆”と見る者もいた。
山の上では、ハルトが仲間たちと共に都市を見下ろしていた。
夜明けが、金と灰の色で地平線を包んでいた。
アウレリアが腕を組み、誇らしげに目を輝かせた。
「エルタリアは堕ちた。…だが世界はまだ眠っている。」
ハルトはゆっくりとうなずく。
「ならば、目覚めさせよう。」
カオリが穏やかに微笑み、彼の隣に立つ。
「これから私たちは、どうなるの?」
ハルトは自らの手を見つめる。
そこにはまだ、光の痕が残っていた。
「――誰にも消せぬ、神話になる。」
マルガリータが笑い、帽子をかぶり直す。
「そいつぁ、フルタイムの仕事だねぇ、ハルト。」
セラフィーヌは静かに視線を落とし、か細い声で問う。
「…世界が、あなたの光を受け入れなかったら?」
ハルトは朝日を見上げながら、答える。
「ならば――
その光の下で生きる術を学ぶか、
闇に飲まれて消えるだけだ。」
地平線の向こう。
北方と東方の王国では、
この出来事が寺院、商人、王宮を駆け巡っていた。
「エルタリア王国が滅んだ」
「ハルト・アイザワという男が、その廃墟を支配している」
「その剣は、嘘を焼き尽くし、真実だけを残すという」
王たちは軍を集め始めた。
賢者たちは警告を筆に記し、
神官たちは――沈黙した。
世界は、新たな名を口にし始めていた。
“黄金の太陽”。
夜が戻った頃、ハルトは一人、丘に立っていた。
その剣に映る炎は、心臓の鼓動のように明滅していた。
彼は目を閉じ、そっと呟く。
「すべては、ひとつのガチャから始まり…
そして、一つの王国が跪いて終わった。」
彼は目を開けた。
その瞳は静かで、そして――果てしなかった。
「――まだ足りない。」
遠くから、鐘の音が風に乗って響いた。
金色の夜明けが、世界を包み込み始めていた。
新たな時代が始まった。
そしてその名は――
ハルト・アイザワ。
――【エルタリア編 完】――




