偽りの王冠
エルタリア城が揺れていた。
遠くでは雷鳴と叫びが混じり、鐘の金属音が重く響いていた。
貴族たちは廊下を駆け回り、金の詰まった箱、宝物、文書を引きずって――
どこへ向かうべきかも分からずに、逃げ惑っていた。
アルヴェリオン三世王は汗を拭いながら、鎧の装着に苦戦していた。
隣では王妃リサンドラが、震える手で王笏を握っていた。
「急げ!」王は怒鳴った。
「馬車を用意しろ! 夜明け前に脱出するぞ!」
その時、扉が乱暴に開かれ、顧問が駆け込む。
「陛下! 塔が陥落しました! 魔法の防衛陣も崩壊しました!」
「英雄たちはどうなった!?」
「…消息不明、あるいは全滅です…」
王の顔から血の気が引く。
王妃はただ呟いた。
「本当に…ただの“学生”だったのかしら…?」
戦の音が近づいてくる。
正門が外からの衝撃に震え、悲鳴を上げていた。
衛兵たちは必死に盾と槍で陣を組み、最後の防衛線を張った。
だが、音が変わった。
“トン…トン…”
軽く、皮肉めいたノック音。
その音が広間を切り裂くように響き渡る。
そして、声が空気を揺らす。
それは静かで、楽しげな声だった。
「トントン……
ピザ、お届けにあがりました。」
宮殿の扉が粉々に爆発し、
風が獣の咆哮のように中へ流れ込んだ。
煙と火の間から現れたのは、穏やかな微笑みを浮かべた男――
ハルト・アイザワ。
「遅れてすみませんね」
彼はマントの埃を払った。
「外の死体の渋滞が酷くて。」
その周囲に、六つの影が現れる。
黄金の髪を揺らすアウレリア――火の如く輝く。
カオリ――共感と怒りに燃える金の瞳。
マルガリータ――鞭を音楽のように操る死の舞姫。
モモチ――影の中に溶け、音もなく動く。
ライラ――氷と霜を纏った死の静寂。
セラフィーヌ――歌一つで戦場を制す音の魔女。
貴族たちは叫び、逃げ惑い、
ある者は祈り始めた。
だが、王妃はその場に崩れ落ち、震えながら呟いた。
「あなた…あなたは一体、何なの…?」
王座の後ろで、炎に照らされた王の紋章が揺れていた。
タペストリーは燃え、空気には鉄と血の臭いが漂う。
王、アルヴェリオン三世は震える足で王座の前に立ちすくんでいた。
その顔には汗が流れ、恐怖が滲んでいた。
そして――
廃墟を歩くように、ハルト・アイザワがゆっくりと玉座の間へと進む。
かつて“無能”と呼ばれた、力なき学生。
「…ありえん…」王は震えながら言った。
「お前が…? あの役立たずが?
祝福も受けていなかったお前が、これほどのことを…!」
ハルトの表情に笑みはなかった。
金の瞳が、炎を映していた。
「たぶんね」彼は静かに言った。
「けど、あんたたちが決して理解しなかったことが一つある。
すべてを奪われた時、人は――
何を壊すかを選ぶしかないってことだ。」
王は威厳を取り戻そうと必死に言葉を重ねる。
「お前には分からん!
その力は…お前には制御できん!」
ハルトは一歩前へ出た。
「制御? お前たちは何か一つでも制御できていたのか?
自分たちの撒いた嘘すらも?」
王は叫んだ。
「我々は…王国のためにやったんだ!」
ハルトは首を傾け、目を細めた。
「じゃあ、ひとつ聞こう。
“魔族”のこと、本当なのか?」
広間が凍りついた。
貴族たちは息を止め、
王妃は手で口を覆った。
王は視線を逸らした。
だが、ハルトは一歩進み、
アポロンの剣を掲げた。
「答えろ。」
ついに、王は崩れるように声を漏らす。
「魔族なんて…存在しない…
千年以上前に滅びてる…」
剣が床に触れ、金属音が響く。
ハルトの顔に、驚きはなかった。
あるのは――ただ、深い失望。
「ならば――」
その声は、穏やかだった。
「なぜ、俺たちを召喚した?」
王は答えなかった。
ハルトの拳が震える。
声は冷気のように冷たくなる。
「俺たちのクラスを、この世界に連れてきて――
何のためだった? 殺すためか?
神を演じる遊びのためか?」
王は絶叫した。
「英雄が必要だった!
若く、強く、従順な兵士が!
民の信仰を再び高めるために!」
その後の沈黙は、耐え難いほど重かった。
ハルトは目を閉じ、
再び開いた時、
その瞳は――狂った太陽のごとく燃えていた。
「つまり、すべて茶番だったんだな。
血と名前で飾られた子供たちの――茶番劇。」
王は後退りする。
だがハルトは彼の首元を掴み、持ち上げた。
黄金の光が指先から漏れ、空気を焼いた。
「他の皆は…どこだ?」
その問いは低く、刃のように鋭い。
王は咳き込みながら答える。
「…隣国へ送った…
“聖なる兵士”として…見せしめに…」
ハルトの顔が影に包まれる。
「聖者でも兵士でもない。
“犠牲者”だ。」
王妃が逃げ出そうとする。
だが、マルガリータの鞭の柄が彼女を倒す。
乾いた音が広間に響いた。
ハルトはそれを一瞥し、
再び王へと目を戻す。
「お前の嘘は、魔族よりも多くを壊した。
この世界に残っていた…人間らしさすらも。」
王は膝をつき、怨みと恐怖の入り混じった眼差しで見上げた。
「復讐では…何も戻らんぞ、ハルト…」
ハルトは静かに笑う。
「分かってるさ。」
剣を掲げる。
金の炎が刃を包む。
「だから俺は…
“復讐”で終わらせない。」
剣が振り下ろされる。
金光が空間を満たす。
王座は真っ二つに砕け――
そして、光が消えた後には、ただ“灰”が残っていた。
エルタリア王国は、ここに終焉を迎えた。
黄金の太陽が、その墓標の上に立っていた。
――つづく。
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