王国の影と黄金の策
戦の轟きは止んだが、その余韻はエルタリア城の壁に響き続けていた。
アルヴェリオン三世王は玉座の間に座り、目は落ち込み、声はかすれていた。
周囲では貴族や重臣たちが口論しており、意見はまとまらなかった。
「英雄が二人死んだのだぞ!」とある大臣が叫んだ。「一人は行方不明! 民は混乱の瀬戸際だ!」
「静まれ!」と別の者が反論した。「その男…ハルトとかいう者の存在に証拠はない。ただの噂…敵の幻術に過ぎん!」
王は玉座のひじ掛けを叩き、皆を黙らせた。
「もしそれが噂でなかったら…?」と震える声で言った。「もし本当に“英雄狩り”が存在するのなら?」
誰も答えなかった。
隙間風に揺れる松明の火が、沈黙を照らしていた。
部屋の隅には、最後の英雄アヤカ・フジモリが、片頬に笑みを浮かべながらすべてを見ていた。
白とピンクのドレスは光を浴びて輝いていたが、その瞳には冷たい計算が宿っていた。
「希望の光が消えれば…人はこんなにも脆いのね…」と彼女はひとりごちた。
ひとりの顧問が彼女に近づいた。
「レディ・アヤカ、今こそあなたの歌が必要です。人々には『大丈夫だ』という信念が必要なのです。」
彼女は首を傾げ、甘く微笑んだ。
「もちろん。でも信仰には代償があるわ。今回は…私の歌は、ただでは響かない。」
王は彼女を睨みつけた。
「貴様、何を企んでいる?」
アヤカは微笑みを崩さぬまま、頭を下げた。
「王国が希望を欲するなら…その代償は“力”よ。」
その声は甘く、それでいて痛いほどだった。
沈黙は、脅しよりも重く空間を支配した。
その頃、城の暗い回廊では、ハタナカ将軍が蝋燭に囲まれながら、家の祭壇の前に跪いていた。
背後からは妻が抱きしめ、逃げてほしいと懇願していた。
「あなたはもう兵士じゃない…お父さんなのよ。」
だが彼はそっと彼女を引き離し、固くなった顔に涙を流しながら言った。
「今、逃げたら…子供たちに何を遺せる?」
胸には将軍の徽章が鈍く光っていた。
噂が自分を裏切り者と呼んでいることを、彼は知っていた。
次の夜明けが、自分の最期になることも。
城から遠く離れた、雪山の洞窟の中では、ハルト・アイザワが石の机に広げた地図を見つめていた。
彼の周りでは、仲間たちが真剣に耳を傾けていた。
アウレリアは人の姿のまま、金髪を肩に垂らしながら、隠された尻尾をせわしなく揺らしていた。
一方カオリは、敵の動きを軍人のような正確さで書き留めていた。
壁にもたれかかったマルガリータは、血のついた鞭を拭きながら皮肉げに笑っていた。
「王はもう統治できていない」ハルトが沈黙を破った。
「残る英雄たちは?」とモモチが影の中から現れ、尋ねた。
「一人は恐れに隠れ、もう一人は…歌って、叫び声を隠している」ハルトは答えた。
アウレリアが顔を上げた。
「では、次の一手は?」
ハルトは地図の上に手を置いた。彼の掌から金色の光が広がり、道や名、紋章が浮かび上がった。
「この国は炎では滅びない」彼は穏やかに言った。「“信仰”で滅びる。」
「信仰?」カオリが首をかしげた。
「ああ。奴らの望むものを与えるのさ――希望を。そして皆が“太陽が戻った”と信じるその時…その太陽は、俺のものになる。」
マルガリータが笑い出した。
「悪魔も顔負けの策ね。気に入ったわ。」
戦いでまだ弱っていたライラが顔を上げた。
「ご主人様…もし罪なき民が巻き込まれたら…?」
ハルトはまばたきもせず彼女を見つめた。
「偽りを崇める国に、無垢など存在しない。」
その声は優しく――だが、洞窟全体が震えたように感じられた。
城では、アヤカが鏡の前で声を整えていた。
「崇められようが、恐れられようが…どうでもいいのよ」彼女はつぶやいた。「あの“ハルト”とかいう男の名より、私の名が大きく響く限り…それでいい。」
だが、彼女の映る鏡には、かすかな亀裂が走り始めていた。
その向こうでは――遠く離れた地で――“執行者”の金の瞳が、静かに光を放っていた。
黄金の太陽が、口を開いた。
もはや、王国に逃げ道はなかった。
――つづく。
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