血と鋼の残響
***
《月下の戦場:ラ・バレ・バホ・エル・ソル》
夜明けの光が山々を照らし始めても──
谷間には、なお寒気と煙だけが残っていた。
ライラ・フロストベインの魔法によって呼び出された人工吹雪が、あたりを白一色に染めていた。
遠くに見えるハタナカ将軍の軍旗が、凍える風に揺れていた。
「全員、配置完了。私の合図まで撃つな」
ライラの声が雪原に響く。
銀のマントが風に舞い、彼女は魔導スコープ越しに地平を見つめていた。
その隣では、灰色の髪を持つ狙撃手、シモが霊銃の装填を終えていた。
その眼は鋼のように冷たく、狂いは一切ない。
彼女たちは──獲物を待っていた。
だが、敵もまた沈黙の中に策を潜めていた。
「動いたな」
対峙する丘の上、ハタナカ将軍は魔法鏡を通して戦場を睨む。
黒の鎧が朝陽を受け、呼吸が冬の冷気に白く広がる。
将軍の周囲には、熱槍を突き立てた円陣を組む兵たち。
大地が──震え始める。
「熱幻術か。……消せ」
命令と同時に、魔導士たちが雪の下に隠していた火の紋章を発動。
朱の閃光が雪を蒸発させ、ライラの設置した罠が露わになった。
「……くそっ、気づかれた!」
シモが低く叫ぶ。
ライラは唇を噛み、新たな術式を編む。
「作戦変更。第ニ段階へ──」
だがその瞬間、紫電が空を裂き、彼女の防御結界を貫いた。
撃ち抜かれたライラの体が雪原に弾かれ、血が白に滲む。
「──ライラ!!」
シモが即座に三連射。だが魔導の波動により、すべて逸れた。
谷の向こうで、将軍が剣を高く掲げる。
「──撃てッ!!」
地獄が、開いた。
火と蒸気が松の森を爆ぜさせ、氷の刃が空を裂く。
燃える炎が氷片に映り、戦場は赤と青の残響で満たされた。
カオリは傷を負いながらも、〈絶対共感〉の魔法で仲間たちの痛みを感じ取り──
その動きに同調し、支え、導いていた。
だがそれでも──
敵の力は勝っていた。
空気が焼け、魔力が尽きる。
「……ハルト……」
ライラは意識が遠のく中で呟いた。
「……私たちじゃ、もう……」
そのとき──風が変わった。
金色の波動が天より降り注ぎ、吹雪も炎も音も──消えた。
全てが、止まった。
兵士たちは言葉を失い、ただ感じた。
それは恐怖ではなかった。
それは、“畏れ”だった。
霧の向こうから、ひとつの影が現れた。
黒のマントをなびかせ、
黄金の眼が混沌を貫くように光る。
その手に持つのは、直視できぬほどの輝きを放つ刃。
——《ガチャ召喚:アポロンの剣》——
刀身が光の弧を描き、ゆっくりと展開される。
金属は燃えている──だが、炎ではない。
その音は、剣が“歌っている”かのようだった。
まるで太陽そのものが、その輝きに頭を垂れたかのように。
ハルトは一言も発さず、ただ──歩いた。
その歩みに兵士たちは後退する。
武器は溶け、意志は揺らぎ、光があまりに眩しすぎて、誰も視線を保てなかった。
ハタナカ将軍が叫ぼうとするが──声が出ない。
「お前は……何者だ……?」
刃が振り上げられ、
そして、すべてが白に包まれた。
その光は谷全体を呑み込み、炎を、雪を、そして恐れさえも──消し去った。
*
光が収まったあと。
瓦礫の中に、ただ一人、ハルトが立っていた。
ライラ、シモ、カオリは、その姿を見上げながら、荒い息を整えていた。
将軍は膝をついていた。
その鎧は半壊し、剣は粉々に砕けていた。
ハルトは静かに彼を見下ろす。
そこに憎しみも、哀れみも──なかった。
「──お前は家族のために戦うと言った」
「だが、魂なき義務もまた──裏切りなのだ」
将軍は、何も答えなかった。
風が吹き、その最後の息をさらっていった。
*
カオリが歩み寄る。
「……ハルト様。私たちは、これほどまでの力を──見せるべきでしたか」
ハルトは、未だ輝きを残す《アポロンの剣》を見つめた。
「力ではない。
──これは、“警告”だ」
ライラは静かに頭を垂れた。
雲間から覗く太陽──黄金の光が、戦場を照らす。
敵軍は……雪の中へと敗走していた。
冬は、終わった。
だが──
戦争は、
まだ始まったばかりだった。
――つづく。
読んでいただきありがとうございます。ご意見などございましたら、お気軽にお寄せください。




