白き嵐の序曲
***
中央王国に夜が訪れた。
太陽の魔法により常に晴れわたっていた空は、灰色に染まりはじめる。
まるで何者かが雲を編み込んだかのように、黒い層が空を覆っていった。
村人たちは戸惑いながら空を見上げる。
「……雪? まさか」
「そんなはずない。ここでは決して雪なんて……」
やがて白い雪片が、神殿、市場、畑に舞い降りた。
最初は幻想的だった。
だがすぐに、寒さは容赦なく王国を襲った。
川は凍り、作物は数分で枯れていった。
王国全体が足を止めた。
歴史上存在しなかった現象が、いま現実となっていた。
――嵐が、来たのだ。
*
雪に覆われた丘の上。
浮遊する魔晶石の魔法陣に囲まれて、ハルト・アイザワは微動だにせず立っていた。
黄金のマントが冷たい風に舞い、彼の瞳には青い術式の光が反射していた。
「実行:『気象エントロピー召喚』」
彼が低くつぶやくと、大地が震えた。
周囲では、オーレリアとカオリが驚愕と共にその光景を見つめていた。
「まさか、王国全土の気候を変えるなんて……」オーレリアが言った。
「竜でさえ、それは不可能とされていたのに」
ハルトは視線を外さずに応えた。
「これは術じゃない。戦略だ」
「嵐は恐怖を生み、恐怖は弱者を暴く」
そのとき、魔法陣の中に新たな人物が現れた。
白のコートに身を包んだ長身の女性。鋼の仮面、銀の髪。
背には青いルーンが刻まれた魔銃を背負っている。
「名:ライラ・フロストベイン」ハルトが言う。
「スナイパーランクS。極限環境での精密射撃が専門だ」
ライラは姿勢を正し、氷のような声で答えた。
「目標確認済み。ご命令を」
ハルトは静かに彼女を見つめた。
「街を監視しろ。混乱に乗じて民や首都を襲おうとする者がいれば……撃て。
天ですら、彼らを守れないと分からせろ」
「了解」
ライラは膝をつき、氷の魔力で銃を装填した。
*
王都では雪が塔と王家の紋章を覆い尽くしていた。
王宮の廊下では、側近たちが混乱の中を走り回っていた。
「これは自然現象じゃない!」
「呪いか!? 神罰か!?」
「禁忌の力を、誰かが目覚めさせたに違いない!」
老いた王は、凍てついた庭の泉を窓から見下ろしていた。
「戦も飢饉も乗り越えてきた……だがこれは……」
彼は息を吐き、それが白く凍る。
「空そのものが、我々を裁いているのか……」
村では人々が焚き火を囲み、祈りを捧げたり、怒りを吐いたりしていた。
だが誰もが一つの名を口にしていた。
ハルト。
黄金の執行者。
英雄たちを打ち倒し、いまや王国そのものを凍らせた男。
*
北の最も高い塔にて、ライラは狙撃用のスコープを覗き込んでいた。
右目が青く光り、呼吸は冷静そのもの。
遥か遠く──数キロ先──
貴族たちが密かに宮殿から脱出しようとしていた。
ライラはわずかに口角を上げる。
「目標、補足」
雷鳴のような一撃が轟いた。
氷の弾丸が猛吹雪を突き抜け、馬車を貫いた。
その瞬間、馬車は完全に凍りつき、動きを止めた。
遠くからその光景を見ていたカオリがつぶやく。
「嵐の中でも、まるで影響されてない……」
オーレリアは腕を組んで言った。
「彼女は狩人。そして今、ハルトは彼女を盤面に放ったのよ」
*
──黄金の太陽からのメッセージ
数時間後。夜明けと共に、王宮の前の雪の上にある「印」が刻まれているのが見つかった。
誰が書いたのかは分からなかった。
だが、誰もが理解した。
古き秩序は死にゆき、
白き嵐のもと、新たな支配が始まるのだと。
*
雪の丘の上。ハルトは一面の銀世界を見渡していた。
ライラがその隣に跪く。
「任務完了。敵性生存者なし」
ハルトは静かにうなずいた。
「よくやった。王国は冬を恐れる……
だが、これからは知ることになる。
その冬には“名”があると」
風が吹き抜け、雪を舞い上げる。
オーレリアが静かに尋ねた。
「……次は?」
ハルトは一切の迷いなく応える。
「将軍だ。次に“冷たさ”を知るのは、奴だ」
――つづく。
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