『黄金の太陽、帰還』
アガメントスの大天幕は、松明の光と地図、そして疲れ切った戦士たちで満ちていた。
つい先ほどの戦いの血と埃をまとったまま、王はハルトの前に立つ。
二人は、しばし無言で見つめ合った。
沈黙を破ったのは、アガメントスだった。
「ハルト・アイズワ……
お前が英雄なのか、征服者なのか……
それとも、悪魔が人の姿をしているだけなのか――正直、分からん」
王は息を吐く。
「だが、お前がいなければ、我が王国は滅んでいた」
ハルトは、わずかに笑った。
「そして、あなたがいなければ、この大陸は
アカシのような無能な操り人形に支配されていたでしょう。
……お互い、得るものがあったということですね」
アガメントスは、低く笑った。
「ならば、正式に決めよう。
戦士としての誓約だ」
「貴様の帝国と、我が王国――
肩を並べて進む同盟を」
ハルトは手を差し出した。
アガメントスは、力強くその手を握る。
「今日より――
黄金の太陽と、イリアンドロス諸国は共に進軍する」
天幕の外から、両軍の兵士たちの叫びが響いた。
「――同盟!!」
「暁の王に栄光を!!」
「イリアンドロスの獅子に万歳を!!」
ハルトは心の中で呟く。
(強力な同盟者……
だが、誇りが強すぎる王でもある。
扱いには注意が必要だ)
黄金の転移門が、太陽帝国の首都の前に開いた。
姿を現した瞬間、市民たちは歓声を上げる。
「皇帝陛下だ!!」
「黄金の太陽に勝利を!!」
「ハルト様!!」
ハルトは軍勢の中を歩き、手を振り、握手を交わし、花を受け取った。
だが――
彼の視線は、ただ一人を探していた。
そこにいた。
アウレリア。
質素な白いドレスに、銀色の髪を下ろし――
その両手は、優しくお腹に添えられている。
「……ハルト……」
感情を抑えきれない声。
彼は、迷わず彼女を抱きしめた。
「アウレリア……ただいま」
彼女は胸に顔を埋める。
「赤ちゃんが……落ち着かなくて……
まるで、あなたが帰ってくるのを知っているみたいだったわ」
ハルトは、そっと彼女の腹部に手を置いた。
「心配させてすまない。
約束より、少し遅くなった」
アウレリアは微笑む。
その瞳は、光で揺れていた。
「どれだけ遅くなっても……
あなたは必ず帰ってくる。
私は、そう信じているわ」
背後から、カオリが現れる。
「本当に無茶ばかりね、ハルト。
みんな心配してたのよ」
マグノリアが彼の肩を叩いた。
「でも勝ったんだろ!?
それなら文句なしだ!」
フロストレーンと妹のリリーベインは、静かに一礼する。
大魔導師エリスが口を開いた。
「原初存在たちは弱体化しています……
ですが、完全に消えたわけではありません。
戦いは、まだ続くでしょう」
ハルトは頷く。
「分かっている。
だが今は――」
再び、アウレリアを見る。
「……ここに戻る必要があった」
「俺の――
帰る場所へ」
その夜、中央塔より、ハルトは帝国全土へと語りかけた。
その声は、雷鳴のように、しかし穏やかに響く。
「黄金の太陽の民よ――
我々は北方諸島を制圧した」
「裏切り者アカシは討たれ、
城壁の王子たちは敗北した」
「そして、新たな同盟者が、我らの側に立った」
群衆は、爆発するような歓声を上げた。
ハルトが手を上げると、再び静寂が訪れる。
「だが、この勝利は――
俺一人のものではない」
「兵士たち、召喚体たち、市民たち……
闇の中で、それぞれが光を灯した結果だ」
彼は、背後に立つアウレリアへと視線を向けた。
「そして――
本日、ここに宣言する」
「黄金の太陽の血脈は、
これからも続いていく」
一瞬、世界が息を止め――
次の瞬間、歓声が天を裂いた。
「――後継者だ!!」
「皇帝陛下に栄光を!!」
「アウレリア様に万歳!!」
頬を赤らめたアウレリアは、ハルトの手を握る。
カオリとマグノリアは拳を合わせた。
エリスは満足げに微笑み。
フロストレーンは腕を組み、誇らしげに立つ。
そして――
影の中で、アストラ・ノクスは静かに見つめていた。
新しい時代の始まりを。
祝宴の喧騒が最高潮に達していた、その時――
アウレリアは、ハルトの手を強く握った。
「……ハルト。
言わなければならないことがあるの」
ハルトは彼女を見下ろす。
「何だ?」
彼女は、小さく息を吸った。
「あなたがいない間……
“気配”を感じたの」
ハルトの表情が、わずかに引き締まる。
「気配……?」
アウレリアは、ゆっくりと頷いた。
「神よ。
でも、あなたが倒してきた神々とは違う」
「死を恐れず……
原初存在すら、恐れていない存在」
ハルトは、静かに視線を地平線へ向けた。
遠く――
夜と光の境界に、黒い人影が浮かび上がる。
それは、まだ動かない。
だが、確かにそこに“在る”。
戦いは、まだ終わっていなかった。
黄金の太陽は、なお輝いている――
だが同時に、
それを消し去ろうとする影もまた、静かに光を放っていた。




