壊れた王冠
宮殿の大広間は、すでに廃墟と化していた。
炎が大理石の柱と倒れた彫像を照らし、
かつて軍を操っていた青の糸は、空中で浮遊する灰のように崩れていた。
ツキシロ王妃は、埃の中に立ち尽くしていた。
汗に濡れた顔、乱れた銀髪。
いつも冷静だったその瞳は、今や獣のように危うく輝いていた。
「あり得ない…」彼女は何度も呟いた。
「私の世界…私の秩序…すべてが…」
その手は震え、杖は彼女の魂のひび割れを映すかのように振動していた。
繋がりを断たれた人形兵たちの声が、彼女の心に反響する。
「私は誰?」
「何のために戦ってる?」
「お母さん…聞こえる…?」
その声たちが、彼女の精神を蝕んでいった。
言葉の一つひとつが、誇りを突き刺す棘だった。
「うるさいっ!!」彼女は怒りに叫んだ。
「お前たちは私のものだ! 私が虚無から救ったのよ!」
床が震えた。
彼女の体から濃い青黒の魔力があふれ出し、脈打ち、暴れ回る。
もはや“秩序の女王”ではなかった──
“あふれ出す女王”だった。
数メートル先、相沢ハルトは黙って見つめていた。
黄金のマントが彼女の魔力の圧に揺れていた。
右手には輝く球体──〈審判のガチャ・オーブ〉が握られていた。
「これが…お前の本当の姿か」彼は静かに呟いた。
「黙れッ!!」王妃は青い槍を放った。
ハルトは黄金の光の盾でそれを受け止めた。
衝撃が広間を揺るがし、瓦礫が四方に飛び散った。
「制御を失った時、人は本性をさらす」
「お前はただ──孤独を恐れていた女王だ」
ガチャ・オーブが光を放ち、
その中から白炎と古代の紋章に包まれた槍が出現した。
その名は──「暁の槍(Radiant Dawn)」
彼は両手でそれを握り、堂々と告げる。
「ガチャ結果:神武・ランクSSR+」
黄金のエネルギーが広間を満たし、城の土台を震わせた。
王妃は純粋な魔力の波をぶつけた。
空気はガラスのように鋭く、空間さえ歪む。
彼女の意志が現実を書き換えようとしていた。
だがハルトは対抗した。
槍を回転させ、床に突き立てる。
そこから広がる魔法陣が、光の映像を生み出す。
アウレリア。
カオリ。
モモチ。
マルガリータ。
四人の仲間の幻影が、彼の周囲に立った。
「分散せよ」ハルトは命じた。
「兵士一人たりとも、王国の心臓に近づけるな」
城の外では、制御を失った青の兵たちが混乱に陥っていた。
敵味方の区別も曖昧なまま、戦い続ける者もいれば、仲間に牙を向ける者もいた。
狐面のモモチは、その中を黒い雷のように駆け抜けていた。
短剣が閃光となって三体の敵を一跳びで切り裂く。
「遅すぎるわ」──彼女は囁く。
その姿は影のように現れては消え、誰一人彼女に触れることはできなかった。
その隣では、マルガリータが魔法の鞭を振るう。
一撃ごとに青い爆発が起こり、敵の隊列を薙ぎ倒す。
「混沌って…こんなに美しいものだったかしら」
彼女は満足げに回転し、炎の中で舞った。
兵士たちの叫びが響き、次々と倒れていく。
それは死と優雅の舞踏だった。
王座の間では、王妃が獣のようにハルトへ突進した。
彼女の魔法はもはや制御されず、凶暴で野性そのものだった。
柱が砕け、窓が爆ぜ、空間そのものが軋んだ。
「お前が…すべてを壊したんだッ!!」
「私の築いたすべてをッ!!」
「違う」ハルトは槍を回し、彼女の魔法を打ち砕いた。
「壊したのは──
制御こそが愛だと信じた…お前自身だ」
槍が神々しく輝き、
ハルトは一直線に突進し、青の魔力の壁を突き破った。
その一撃の閃光が、広間を覆い尽くした。
やがて、光が消えた時──
ツキシロ王妃は跪いていた。
杖は折れ、マントはボロボロ。
ハルトは彼女の前に立ち、槍の穂先をその胸に向けていた。
王妃は初めて、言葉を失っていた。
ただ彼を見上げた。
その瞳には、恐怖──そしてどこか安堵の色があった。
「なぜ…私を憎まないの…?」彼女はかすかに囁いた。
ハルトは槍を下ろした。
「お前は…すでに自分を失っている」
「俺が殺しに来たのは…影じゃない」
静寂が、崩れた王宮を包み込んだ。
レイナは震えた。
日本での生活が脳裏に蘇った。
教室、試験、いじめ、無関心な教師たち。
どんな犠牲を払ってでも「一番」になろうと決意した時のことを思い出した。
二度と弱気にならないと誓ったあの日。
「私は…ただ認められたかっただけ」とレイナは囁いた。
ハルトは頷いた。
「そして君は成功した。でも、その過程で心を失ってしまったんだ。」
レイナは目を閉じ、涙を流した。
青いオーラが薄れ始めた。
城は静まり返った。
割れた窓から陽光が差し込み、玉座を温かい光で照らしていた。
外では、まるで長い眠りから目覚めたかのように、軍勢が膝をついた。
モモチとマルガリータが、埃と血にまみれながらも、勝利を収めて戻ってきた。
カオリはハルトに近づき、誇らしげに彼を見た。
「やったね。」
ハルトは地平線を見上げた。
「いや。まだ始まったばかりだ。
魔封じが震えている…そして次に来るのは人間ではない。」
風が吹き、地面から金色の火花が舞い上がった。
黄金の太陽が再び昇り、
壊れながらも自由となった青の王国は夜明けを迎えた。
「ああ、なんてことだ。」
――つづく。
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