罪の鏡
南方王国——藤森アヤカの支配する地は、光と陶酔の饗宴だった。
中央広場では、毎晩のように数千の市民が彼女の声に酔いしれた。
音楽、笑い声、花火。空には歓声が舞い、地には幸福が満ちていた。
だが、それはすべて幻想だった。
アヤカの歌には魔力があった。
一つひとつの旋律が、聴く者の精神に染み入り、
魅了、服従、欲望を植え付けていく。
兵士たちは彼女を《天の声》と呼び、
貴族たちは《夢の女王》と称えた。
——だが、彼女だけが知っていた。
その笑顔の裏には、空っぽの心しか残っていないことを。
そして彼女は、それを心から愛していた。
舞台衣装のまま、アヤカは鏡前に腰を下ろす。
白く輝くドレス、完璧に整えられた金髪、
その青い瞳には、美と……狂気が交差していた。
—「皮肉ね……」彼女は囁く。
—「日本では、デビューすらさせてもらえなかった。
“純粋な声じゃない”って言われて……」
だが、今の彼女は違った。
—「ここでは……私は“神”なのよ。」
召喚される前、藤森アヤカは高校生だった。
夢はただ一つ:プロのアイドルになること。
だが、彼女にはひとつだけ、致命的な“欠点”があった——
「敗北を許せない」こと。
親友・七瀬がデビュー候補に選ばれたその日、
アヤカは迷わなかった。
オーディション用の歌詞をすり替え、
録音音声を加工し、
全国放送のステージで七瀬を嘲笑の的にした。
栄光はアヤカに。
憎しみは七瀬に。
そして、アヤカの笑顔の裏で、何かが壊れた。
ある夜、ライブ後の楽屋で、鏡に向かって彼女は呟いた。
—「観客の愛なんて、支配できなきゃ意味がない。」
異世界に召喚されたその瞬間、アヤカは誓った。
**「二度と、負けない」**と。
今、彼女は“神”として君臨していた。
その力《響律の支配》は、
感情を増幅し、傷を癒し、あるいは精神を崩壊させる。
彼女の一曲が、祈りにもなり、罰にもなった。
—「タロウ将軍、今週の囚人は何人?」
—「83名でございます、女王。」
—「素晴らしいわ。
“プライベート・リハーサル”に使いましょう。」
兵士たちは黙って従った。
“リハーサル”の行き着く先を、誰もが知っていたからだ。
歓声と拍手、そして——抜け殻のような死体たち。
だがアヤカは言う。
—「私はこの世界に“苦しむため”に来たんじゃない。
輝くために来たのよ。」
その夜。
すべてが静まり返った宮殿で、声が響いた。
—「皮肉なものだな。
君は、自らが作り出した空虚を、歌で埋めている。」
アヤカは振り返った。
誰もいない。
——ただ、鏡があった。
鏡の中に、一瞬だけ影が映る。
フードを被った人影。
黄金の瞳。
温かく、それでいて恐ろしい“存在”。
—「誰……?」
震える声。
影は微笑む。
—「覚えていないのか。
一度だけ会っただろう。“深淵”の前に。」
鏡が揺れ、像は消えた。
アヤカの背筋を冷たいものが走る。
——ハルトの声が、彼女の心に触れたのだ。
—「ハルト……」
怒りと欲望が混ざったような声で、彼女は囁く。
—「英雄を狩ってるのは……あなただったのね。」
唇が歪む。
もはや、歌う理由は「喜び」ではない。
それは、“戦争”のための歌。
その頃、遠くの山頂。
モモチは魔法双眼鏡を使って、宮殿を監視していた。
隣ではカオリが、空気中の魔力の“振動”を読み取っていた。
—「彼女の歌は、精神を操る“網”になってるわ。」
カオリが低く告げる。
—「一気に断てば、何千人も死ぬ。
ハルトは、“一点突破”でやるしかない。」
モモチが頷く。
—「ならまず……“切れ目”を作る。
私が、その刃になろう。」
風が吹き抜ける。
その中に、アヤカの声がかすかに混じっていた。
美しく、だが空虚な旋律。
カオリは遠く、黄金の空を見つめた。
—「彼女はまだ知らない。
《黄金の太陽》は、すでに——
彼女のステージを見つめている。」
この章では、堕ちたアイドル、藤森綾香と、彼女が新たな世界で抱く動機――絶対的な権力、感情のコントロール、そして芸術に偽装された快楽――についてご紹介します。
彼女が声で王国を統治する中、ハルトのエコーが彼女の心に浸透し始め、二人の避けられない出会いを予感させます。
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