女神の貌
力で倒せる敵もいる。
だが、“力を使わせる隙すら与えない”敵もいる。
それが、セレスティーヌ・ルース・エインズワース。
—一度も敗北したことのない女。
—王たちを殺さずに屈服させた戦術家。
—「降伏」という言葉を、芸術にまで昇華させた者。
そして今、
彼女は藍沢ハルトのもとへと向かっていた。
地は震えなかった。
空も曇らなかった。
——だが、
その馬車が聖域の境界を越えた瞬間、
誰もが空気の変化を感じた。
一切のファンファーレもなく。
旗印すらなく。
ただ一振りの銀槍を、
従者がまっすぐ掲げて歩むのみ。
馬車の扉が開かれた瞬間——
空気が、止まった。
セレスティーヌ・ルース・エインズワース。
整えられた銀髪。
氷のように澄んだ瞳。
一切の皺すら許さぬ白の軍装。
その歩みは計算され尽くし、
その仕草は“戦術”そのもの。
村人たちは、
跪くべきか、
あるいは退くべきか——
判断できずに立ち尽くした。
◇
ハルトの神殿。
金の灯火が揺れ、
彼の召喚者たちが並ぶ:
カオリ、クララ、イリス、マグノリア、アウレリア。
ハルトは、立ったまま彼女を迎える。
セレスティーヌは、すべてがすでに決まっているような歩きで進み、
そして彼を無表情に見据えた。
セレスティーヌ
「藍沢ハルト。
私は使節として、そして“脅威”として来た。
お前の行動によって崩された秩序——それを、正さねばならない」
ハルト(静かに)
「……どちらが先だ? 使節か、“脅威”か」
セレスティーヌ(かすかに笑む)
「……それは、あなたの返答次第」
ハルトがゆっくりと前へ出る。
ハルト
「……後ろに軍はない。
剣も抜かぬ。
ならば、“戦”に来たのではない」
セレスティーヌ
「あなた、剣がなければ戦にならないとでも?」
沈黙。
セレスティーヌ
「私は三つの王国を、“契約”だけで屈服させた。
王たちは皆、自ら膝をついた。
なぜなら私は、
戦が始まる前に、すでに“勝っている状態”を作るから」
ハルト(低く)
「つまり……“礼儀”を装って、私を屈服させに来たのか」
セレスティーヌ(目を逸らさず)
「いいえ。
あなたを“敵”として見る価値があるか、見極めに来ただけよ」
彼女は視線を、召喚者たちに向ける。
その目は、まるで戦場の布陣を見るかのように冷たい。
セレスティーヌ
「……忠誠が深い。
あまりに深すぎる。
危険ね。
“愛”に囲まれた王は、裏切りに気づけない」
カオリ(鋭く)
「……“恐れ”に囲まれた将軍もね。
何も見えなくなる」
視線が交錯した。
刃は交わらなかったが、
空気は剣よりも鋭かった。
セレスティーヌは、地図の机に近づき、
一通の手紙を置いた。
封蝋は青い蝋、刻まれた紋章はアルビオルのもの。
セレスティーヌ
「アルビオルからの“最終通知”よ。
次は、“手術のように正確な”侵攻になる」
ハルト(動かず)
「ならば、その時は備えよう」
セレスティーヌ(背を向けながら)
「……できれば、それは望まない。
私は、興味を惹かれるものを——壊したくないの」
そして彼女は、
一片の乱れもなくその場を後にした。
◇
“戦争の始まり”は、剣を抜いた瞬間ではない。
それは、女神がその目に“敵”の価値を見た時——すでに始まっているのだ。
その夜、ハルトは眠らなかった。
恐れのせいではない。
初めて知ったのだ。
——「炎だけでは、足りない」と。
セレスティーヌ・ルース・エインズワース。
彼女は敗北を知らない。
そして今、ハルトに“示し”に来た。
——どんな夜明けであろうと、凍てつくことはあるのだと。
女神の登場に心を奪われた?
その一歩、その言葉、その圧倒的な静寂。
「ハルトに初めて“対等な敵”が現れた」
そう感じたなら、評価を。
セレスティーヌが“鳥肌もの”だったなら、お気に入りへ。
この戦いは、もう“戦争”ではない。
――美学のぶつかり合いだ。




