語らなかった物語
冠は、重い。
帝国は、傷を残す。
そして約束は、ときに鎖よりも痛む。
アルビオルに支配された聖域で、
ハルトは花で迎えられることはなかった。
希望の歓声も、なかった。
迎えたのは——
疑いに満ちた眼差しだった。
壊れた像の陰で、
ハルトは聖域の長老たちと対面した。
涙の枯れた目をした女性たち。
何代もの重荷を背負った、背中の曲がった男たち。
その中のひとり、老人ランジッドが厳しい声で語る。
ランジッド
「“自由”を語る資格が…お前にあるのか?」
「アルビオルも“保護”と“秩序”を掲げて来た。
お前が言うそれと、何が違う?」
村人たちのざわめきが強まる。
「王なんて皆、口だけだ」
「太陽は最後には、すべてを焼く」
「“夜明けを約束する”と言いながら、
連れてきたのは闇だった」
ハルトは反論しなかった。
声を荒げることもなく。
ただ——
その場に腰を下ろし、静かに言った。
ハルト
「……では、ひとつだけ話をさせてほしい」
沈黙。
全員が彼を見つめる。
クララも、アイリスも、カオリも、セルカも…動きを止めていた。
ハルト(消えた祭壇の火を見つめながら)
「俺は、別の世界から来た」
「そこでは、名家や財産のある者が“成功する”世界だった。
影の中で、名前もなく、ただ生きていた」
「この世界に召喚されたとき、“英雄”だと言われた。
剣を与えられ、力を授けられた」
「けれど、腐った王に従うことを拒んだ瞬間…
“裏切り者”になった」
「仲間に見捨てられ、
全てを失った。
自分自身を信じる心さえも」
声がかすかに震える。
ハルト(目を閉じて)
「……そのとき、一人の少女が声をかけた。
何の力も、何の名も持たぬ、ただの少女だった」
『あなたが自分を信じられないなら…私が信じる』と」
「その言葉で、俺は歩き始めた。
そして——
同じような“声”を求めて、
今も歩き続けている」
沈黙が変わった。
重く、深く、鋭く。
村人のひとり、リーラが一歩前に出た。
彼女は癒し手であり、家族を占領者に引き裂かれた者だった。
リーラ
「……王のくせに、苦しんだ話を語るなんて——恥ずかしくないの?」
ハルト(静かに)
「もっと多くを救えなかったことには、恥を感じている。
だが、“痛みを感じた”ことを恥じるつもりはない」
「なぜなら、痛みこそが…
俺をあなたたちと繋ぐ唯一の真実だからだ」
彼女は長く彼を見つめた。
そして——
膝をついた。
服従ではなく、
“心”を解き放つように。
リーラ
「…なら、聞かせて。
他の誰とも違う、あなただけの言葉で」
「“民のために燃える王”ってものを…ここで見せて」
村人たちが一人、また一人と近づく。
拍手ではなく、
伸ばされた手で。
こらえた涙と共に。
あの厳しかった老人ランジッドは、ただ一言だけを口にした。
ランジッド
「俺は冠を信じない。
だが——
お前の“傷”なら…信じてもいい気がする」
アイリスとカオリが、黙って祭壇の火の前に立つ。
そのそばで、ハルトはまだ座り続けていた。
アイリス
「…そんな話、今まで一度も聞かせてくれなかったわね」
カオリ(穏やかな声で)
「信じられるか分からない中でも…話したのね」
ハルト(目を伏せながら)
「この話が、誰かの鎖を断つ助けにならないなら——
語る意味はないと思ってた」
カオリは黙って、彼の隣に座った。
そして、そっと手を取る。
カオリ
「私は信じてたよ。
あの日から、ずっと。最初の日から」
そして——
初めて、彼女のほうからキスをした。
怒りでも、誇りでもなく。
ただ、
“信じる”という行為そのものとして。
祭壇の上で、一本の蝋燭がひとりでに灯った。
それは魔法ではなかった。
——それは、証だった。
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