将軍の家に落ちる影
雨がヴァルナー邸の窓を打ちつけていた。
外では、カイト・ミナセの失踪をめぐる噂が街を覆い尽くしていた。
だが屋敷の中は静寂に包まれていた——
それはまるで、引き金が引かれる直前の、息を潜めたような静けさだった。
将軍レオンハルト・ヴァルナーは書斎にいた。
重厚なオーク材の机にもたれかかり、揺れる蝋燭の光が、地図と軍旗に囲まれた壁に彼の影を映していた。
紺色の軍服は完璧な仕立てだったが、灰色の目には眠れぬ夜の痕が浮かんでいた。
机の上には一枚の公文書が置かれていた。
《王国軍再編計画案》
彼はそれを見つめていたが、手を伸ばすことはなかった。
それが単なる改革ではないことを、彼は理解していた。
それは「粛清」だった。
そしてその名簿の中に、自分の名もあると確信していた。
—「レオン……」
柔らかい声が囁いた。
それは妻のエリスだった。
金髪をまとめ、白いガウンをまとい、優しい瞳で彼を見つめていた。
手にはランプを持ち、背後の廊下からは子どもたちの笑い声が響いていた——まだ寝る前に遊んでいるのだろう。
—「夕食よ。子どもたちがあなたを待ってるわ」
彼女は悲しげに微笑んだ。
レオンハルトは動かなかった。
—「外で何が言われているか、知ってるか? エリス」
—「ただの噂よ。いつだってそう」
彼女は穏やかに答えた。
彼は肘を机に乗せ、重たく息を吐いた。
—「今回は違う。
レンジが死に、カイトが消えた。
王は激怒している……英雄が倒れるとき、必ず誰かが責められる。」
エリスはそっとランプを机に置いた。
その光が窓ガラスに揺れ、二人の顔が重なるように映し出された。
—「あなたは生涯をかけて仕えてきた。民はあなたを尊敬してるわ」
—「尊敬なんて、恐怖の前では簡単に忘れられる」
彼は苦々しく呟いた。
—「今日のうちは噂……明日には逮捕命令だ。」
彼は立ち上がり、窓際へ歩いた。
そこからは霧に包まれた街の屋根が見えた。
遠く、カイト邸の火の残りが、闇に灯る心臓のようにまだ輝いていた。
—「若い頃はな……戦場で死ぬ夢を見ていた。
まさか陰謀を恐れて老いていくとは思わなかった」
—「あなたは三度の戦争を生き抜いたわ。それ自体が奇跡よ」
—「違う。あれは警告だった。
戦争には代償がある。そして俺は、それ以上のものを受け取ってしまった。」
エリスが近づき、彼の手を取った。
—「あなたには家族がいる。ひとりじゃないのよ」
彼はわずかに微笑んだ。
—「それが……一番怖い。
王国が再び燃え上がるとき、最も苦しむのは罪人じゃない……
無垢な者たちだ。」
雷鳴が轟いた。
直後、廊下から衛兵が急いで扉を叩いた。
—「将軍! 北方からの急報です!」
レオンハルトが振り返る。
—「報告しろ」
—「未確認の集団が山中を移動しているとのこと。
金の紋章を掲げており……その中に、行方不明の英雄が含まれている可能性があります。」
部屋に沈黙が広がった。
エリスが一歩後ずさる。
レオンハルトは拳を握りしめた。
—「つまり……噂は、もう形を持ち始めたということか」
彼は再び窓の外に目を向けた。
雨は止んでいたが、遠くの火はまだ灯っていた。
そして心の奥で、あの炎は容易には消えないと知っていた。
エリスが部屋を去った後、レオンハルトは一人残った。
彼は引き出しを開け、古びた勲章を取り出す。
それは若き日に授けられた、フェイタ王国軍の象徴だった。
しばらく見つめた後、彼はそれを静かに元に戻した。
—「もし王国が再び炎に包まれるなら……
今度こそ英雄などいない。ただ灰が残るのみだ。」
風が蝋燭の炎を吹き消した。
暗闇の中で、レオンハルト・ヴァルナーは理解した。
——真の敵は、まだその姿を現していないのだと。
この章で、レオンハート・ヴァーナー将軍は混沌の始まりを静かに目撃する。
彼が恐れているのは戦争ではなく、噂――まもなく王国を燃え上がらせる火種となる噂だ。
ハルトと黄金の太陽騎士団が影の中を進むにつれ、権力者たちは恐怖の重みを感じ始める。
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