黄金の対話
雪は静かに、絶え間なく降り続いていた。
遠く、ボレアリス王国の軍が整列していた。氷の旗が風に揺れ、重苦しい沈黙が辺りを包む。
その向かい側――
ハルト・アイザワが、黒いマントを纏い、ただ一人歩いていた。
武器は持たず、護衛もいない。
リアン・アルフェルト。
氷の聖騎士が、剣を握り、彼を待っていた。
吐息は白く、空気は凍てついていた。
「…やっと来たか、ハルト」
「…そして君は、まだ剣で全てを解決できると思っているのか」
リアンは剣を強く握る。
「言葉で命は救えない」
「いや」
ハルトは静かに言った。
「だが、“思想”は、千の兵よりも多くを救える」
ふたりの間に、風が吹いた。
その一瞬に、世界が凍ったようだった。
ハルトは前に一歩踏み出す。
「リアン。人々が英雄を恐れる理由を知っているか?」
「強すぎるからだろ」
「違う」
ハルトはゆっくりと首を振る。
「人々は、英雄の声を聞かなくなった。だから恐れるんだ」
「君の民は飢え、王は隠れ、君はただ“奇跡”を待っている」
「それが正義か?」
リアンは目を伏せた。
その声は、氷のように脆く震えていた。
「…俺は、ただ…任務を果たしているだけだ」
「その任務を決めたのは誰だ? 君か? 神か? それとも…神を騙る人間か?」
言葉よりも、沈黙の方が鋭く胸を突いた。
リアンは剣を上げたが、振るうことはなかった。
手が、かすかに震えていた。
「お前が言う“痛み”なんて…」
「俺は知っている。君よりも前に、その痛みを知った」
ハルトの声は静かだった。
「この世界が“恐れ”で支配されていることを、俺は身をもって学んだ」
「そして、俺はそれを壊す方法を選んだ。
恐怖を、新たな“真実”に置き換える方法を。」
その言葉に、リアンの剣は――地に落ちた。
乾いた音が、雪の中に消えていく。
ハルトは歩み寄る。
皇帝でも救世主でもない、一人の人間として。
「君の歩みは、決して無駄ではない。
その一歩が、君をここまで連れてきた」
リアンは目を閉じた。
「じゃあ…これから、どうすればいい?」
「俺に従う必要はない。
ただ、“自分で考えろ”。
それが、始まりだ」
「もし…君が考えた末に、俺が間違っていると思ったなら――」
ハルトは微笑む。
「そのときこそ、俺にとって必要な存在になる。
俺を“問いただす者”としてな」
リアンは小さくうなずいた。
「…じゃあ、俺は敵じゃないんだな」
「最初から敵ではなかった。
君はまだ、“選ぶことができる鏡”だっただけだ」
その瞬間、二人は剣ではなく、沈黙で語り合った。
対立ではなく、選択の証として。
遠く、森の木陰から見守っていたリラ・フロストベインはそっと呟いた。
「この冬は、死の季節じゃない。
“目覚め”の季節になる…」
――つづく。
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