炎の王国
カイト・ミナセの邸宅を白く染めていた壁は、炎に喰われていた。
火は激しく弾け、死んだ護衛たちの亡骸に踊る影を映していた。
血と煙の匂いが空気を満たし、それは息苦しく、どこか神聖ですらあった。
市内から駆けつけた兵士たちの一団が、燃え盛る邸宅を目にして足を止めた。
その顔には恐怖が浮かんでいた。
「護衛は全滅です! 生存者はいません!」
「英雄カイトはどうした!?」と、息を切らしながら隊長が問う。
兵士は唾を飲み込んで答えた。
「遺体が……見当たりません。」
続く沈黙は、炎よりも重かった。
灰の中には、うっすらと光を放つ三つの黄金の印が刻まれていた。
やがてそれらも消え、誰もその意味を知らず、
それが《黄金の誓い》の印であることを疑う者もいなかった。
その同じ夜明け、王城ではアルブレヒト王が重臣たちと会議を開いていた。
広間の空気は張り詰め、恐れと裏切りの臭いが漂っていた。
「まずはレンジが国境で死亡……」
「そして今度はカイトが失踪だ」
宰相が机を叩きながら叫ぶ。
「一ヶ月も経たぬうちに、英雄が二人も!」
王は拳を握りしめた。
かつて銀色だったその髪は、今や灰色に近い。
「他の者はどうだ? 月城女王は? サトルは? アヤカは?」
「各々が自領を守っておりますが……」と、ある大臣が答える。
「民の信頼は揺らいでいます。
『英雄』とは救世主ではなく、仮面を被った暴君だと語る者も。」
年老いた助言者が恐る恐る口を開いた。
「陛下……これは天罰ではありませぬか?」
王の鋭い視線が彼を射抜いた。
「神の名を語るな。語るべきは、敵の名だ。」
再び沈黙が広間を満たす。
誰もがその名を思いながら、口にはしなかった。
——藍沢ハルト。
町では噂が飛び交っていた。
「カイトは王国を裏切ったらしい」
「いや、地獄から現れた銀の竜に喰われたんだ」
貴族たちは杯を傾けながら囁く。
「英雄が死に……また一人が消えた……」
「誰かが、奴らを狩っているのかもしれない」
恐怖は毒のように広まり始めた。
名家たちは傭兵を雇い、
聖職者たちは「罪と浄化」の説教を始めた。
そして、宮廷の密偵たちは闇の中で動き始めた。真実を探るために——
王都の別の場所では、レオンハルト・ヴァルナー将軍がバルコニーから炎を見つめていた。
戦に鍛えられたその顔には、左頬を横切る深い傷跡があった。
彼の背後から、金髪で疲れた目をした妻エリスがそっと抱きしめる。
「レオン……中へ入りましょう。夜通し外にはいられないわ」
彼は何も答えなかった。
視線は遠く燃える屋敷に釘付けになっている。
「ここまで来るために……人生を捧げたんだ」
「この王国のために……“英雄”どもを信じて戦った」
「だというのに、今では俺までもが次に倒れる者として見られている」
エリスは彼を強く抱きしめる。
「神の重荷まで背負うことはできないわ。あなた自身の重みだけでいい」
レオンハルトは手すりを握りしめた。
「俺たちを裁いているのは神じゃない……
人間だ」
空をひとすじの光が横切った。
その瞳に、遠く燃える邸宅の火が映る。
——裏切り以上の何かが、動き始めていた。
一方、北方の山中。
一人の影が、遠くの炎を見下ろしていた。
風に揺れるマント。
藍沢ハルトである。
その隣に、カオリ、アウレリア、マルガリータが静かに立っていた。
さらにその後ろには、新たな侍女たち——セレネ、アイリス、クララがひざまずき、命を待っていた。
ハルトは冷たい目で炎の輝きを見つめる。
「世界が目覚め始めた」
カオリは目を伏せた。
「そして……恐れ始めた」
アウレリアは笑った。
その瞳には、炎の揺らぎが映っていた。
「上等ね。恐怖は、外交よりも多くの扉を開けるもの」
ハルトは目を閉じた。
「では……次の門を開こう。
月城女王……次に燃えるのは、彼女だ」
冷たい風が山を吹き抜ける。
——そして、炎と疑念の中で、
黄金の太陽はその影響力をまた一歩広げた。
この章では、カイトの失踪後、王国は混乱に陥ります。
国王と側近たちは英雄たちに不信感を抱き始め、レオンハート将軍は崩壊しつつある体制の重圧を感じています。
あらゆるものから隔絶された場所で、ハルトと黄金の太陽騎士団は影から事態を見守り、次なる動きを準備しています。
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