汚い戦略
雪は断崖に降り注ぎ、隠された鍛冶場から立ち昇る煙によって曇っていた。
赤い結晶が照らす広い洞窟の中、大陸地図を囲む三つの影。
ユウト・ホシナリは両手を机に置き、鋭く計算された眼差しを地図に落とす。
隣には、緊張した表情のカガモと、煤と傷跡に覆われた笑み歪む男、紅の鍛冶師・リク・ハナビラが立っていた。
「要するに――」ユウトが口を開いた。「奴に正面からぶつかる資源は、今の俺たちにはない」
「ハルトはすでに二つの王国を支配し、召喚軍と民の信頼を手にしている」
リクは乾いた笑いを漏らし、金属製の腕で机を叩いた。
「なら――売るんだよ」
カガモは目を見開く。
「売る……?」
「ああ」リクは静かに答える。「殺せないなら、情報を売る。
ハルトの弱点、軍略、召喚術……欲しがる王国は山ほどある」
ユウトはゆっくり頷く。
「東方の王国から接触があった。聖堂を守る聖職者たちは、ハルトが神殿を壊すと恐れている。
有益な情報には高額を支払うとさ」
カガモは眉をひそめた。
「でも、利用されたあとで消されるかもしれないじゃない」
「なら、別の王国に売るだけだ」リクが笑う。「絶望は金になる」
その夜、カエルノア峠の廃塔にて、三人は“買い手”を待った。
石の間を風が唸り、重装の馬車が止まる。
銀の法衣に身を包んだ女が降りてきた。東方王国の使者。顔は薄布で覆われているが、声には威厳があった。
「あなたたちが、召喚事故の“生き残り”ね?」
ユウトが前に出る。
「ただの生き残りじゃない。ハルトという怪物を止められる、唯一の存在だ」
「怪物?」女は問う。「“新たなる皇帝”ハルト・アイザワのこと?」
「かつて、俺たちの仲間だった者だ」ユウトが答える。
リクが机に黒い結晶を置いた。中には歪んだ映像が浮かんでいる――ハルトの顔、召喚体、黄金の印。
「奴の軍と戦術の魔法記録だ」
「兵の動線も記してある」カガモが続けた。
使者は結晶を見てから三人を見回す。
「一人の男の情報にしては、値が高すぎるわね」
ユウトは笑う。
「奴は“男”じゃない。“終焉の始まり”だ」
馬車が結晶を積んで去ると、カガモがぽつりとつぶやいた。
「……気が進まないわ。元は仲間だったのに」
リクが鼻で笑う。
「仲間?あいつが森で俺たちを見捨てた時、仲間だったか?」
「それは……昔の話よ……」
ユウトがマントを直しながら言った。
「ハルトは“力”の道を選んだ。俺たちは“生存”を選ぶ」
だがユウトの心には、奇妙な不安が広がっていた。
交渉はあまりにスムーズすぎた。
東方の使者は、結晶の出所を一言も問わなかったのだ――
その夜、ユウトは夢の中で声を聞いた。
「兄弟を売ったな、ユウト……代価はお前の魂だ」
目を覚ました彼は、汗をかきながら息を呑む。
夢に見た結晶は、黄金に輝きながら燃えていた。
その中心で、赤い瞳の影が――微笑んでいた。
***
遥か彼方、太陽の帝都。
ハルト・アイザワは目を見開いた。
右腕に微かな震えが走る。
「どうなさいました?」と、オーレリアが近寄る。
ハルトは拳を握りしめた。
「……俺の運命を、売ろうとした者がいる」
カオリが剣に手をかけて問う。
「誰に売った?」
ハルトは東を見据えたまま、凍るような微笑を浮かべた。
「――すぐに灰になる者たちさ」
東の王国。
神殿の奥深く、祭司たちは慎重に黒い結晶を見つめていた。
そのうちの一人が、興味本位で指先を触れる。
その瞬間――
部屋が黄金の光に包まれた。
「解析完了:追跡の刻印を起動。」
結晶は真っ二つに砕け、魔力の奔流が吹き荒れる。
そして空に現れたのは、都の上空に浮かぶ――
黄金の太陽の印。
それは、たった一つのメッセージだった。
ハルト・アイザワはすべてを見ていた。
その頃、遥か遠く、黒き山脈の上――
ユウト・ホシナリは、空に浮かぶその印を見上げ、
その意味を悟った。
自分の「裏切り」は――
ハルトが仕掛けた"最初の一手"にすぎなかったのだと。
そして、ゲームはもう始まっていた。
――つづく。




