裏切りの交渉
***
王宮の大広間は氷気に満ちていた。
柱を覆う氷に、ゆらめく松明の炎が鈍く反射する。
玉座の中央、漆黒の鎖で縛られた王オルドレンが、怒りと屈辱に震えて叫んでいた。
「貴様ぁ…!下衆がっ!この我が玉座に足を踏み入れるなどッ!!」
その声には絶望と恐怖が滲んでいた。
階段の上から、ハルトは沈着な眼差しで彼を見下ろしていた。
その隣には、もはや王冠も鎧も纏っていないレネ王妃が立っていた。
彼女の瞳には、怒りではなく…理解が宿っていた。
ハルトが片手を掲げると、黄金のガチャ召喚陣が出現。
星のように浮かぶその光が、レネを静かに包み込む。
「召喚コード — 魂の再誕 (ソウル・リライト)」
まばゆい光と冷気の中、
レネの身体が淡く溶けていく。
そしてその場に現れたのは…
***
氷と光が散る中、現れたのは女神のような姿だった。
銀白の髪に、氷の輝きを宿したターコイズブルーの瞳。
白と金の装束に、水晶のようなマント。
背からは半透明の羽がゆっくりと揺れている。
彼女は静かに告げた。
「我が名は――セルフィラ・フロストヴェイル。
私の忠誠は、私を解き放った者に捧げましょう」
場内が凍りつくような静寂に包まれた。
王オルドレンは怒り狂い、鎖を引きちぎろうと暴れる。
「裏切り者めっ…!!レネっ、何をされた!?貴様は私のものだっ!!」
セルフィラは、哀れみと軽蔑の混じった眼差しで彼を見据える。
――パァン。
静寂を切り裂く平手打ちが響き渡った。
王の頬に紅い痕が刻まれる。
「私は、お前の所有物ではなかった。
恐怖の中に閉じ込められていただけよ」
そして、セルフィラはハルトへと向き直り、穏やかな微笑みとともに――
彼に、静かに唇を重ねた。
オルドレンは絶叫する。
「やめろぉぉぉっ!!それだけは――っ!」
だが、ハルトは静かに手を振った。
その瞳には、迷いも情もない。
「もう…お前の言葉に価値はない。
ここで“旧き時代”は終わる」
手を掲げる。
「審判コード — 処刑命令 (エグゼキューション・オーダー)」
鎖が紅に輝き、王を覆う。
カオリとマグノリアの影が氷の光の中をすり抜ける。
――金属音一閃。
叫びは、闇に吸い込まれるように掻き消えた。
王の身体が膝をつき、
転がる王冠は、ハルトの足元で静かに止まった。
セルフィラは目を閉じ、そっと言う。
「これで……恐怖の支配は終わった」
ハルトは頷く。
「そして、炎と理の時代が始まる」
静寂の中、希望のようなざわめきが広がった。
少年デイヴィッドは遠くからそれを見ていた。
すべてを理解できるわけではなかったが、心の奥で何かが変わったことを感じていた。
セルフィラはハルトの前に跪く。
「我が王よ…救い主よ……」
だが、ハルトは首を横に振る。
「跪くな。これからは…共に歩め」
セルフィラは静かに立ち上がる。
そのマントは、まるで風そのもののように靡いた。
そして、凍てついた王の亡骸の傍を通りながら、穏やかに言った。
「安らかに眠れ、オルドレン。
氷がその虚構を、永遠に封じるだろう」
***
城の外では、雪が舞い始めていた。
しかしそれは――
冷たくなかった。
一片一片が、柔らかな光を帯びていた。
まるで夜明けを祝福するように。
――終幕ではない。始まりである。
北の旗はすべて下ろされ、
青き氷に金の太陽を掲げる新たな紋章が塔の上でたなびいていた。
民はまだ不安げに、だが確かに、
ハルトとその従者たちが修復された城壁を進む姿を見つめていた。
カオリが小さく笑う。
「ふふ…今度は女王まであなたに惚れ込むなんてね」
マグノリアも微笑みながら続けた。
「それが“力”というものの代償かもね」
セルフィラは静かに彼女たちを見やり、
やさしく微笑んでこう言った。
「あるいは――
真の力とは、国を征することではなく、
心を解き放つことなのかもしれません」
ハルトは皆とともに歩きながら、
遠く地平線を見つめる。
「今日からこの王国は、過去の奴隷ではなくなる。
ここが――新しい世界の第一歩となるのだ」
山々を渡る風が、その言葉を運んだ。
そしてその名は、やがて大陸の歴史に刻まれる。
ハルト・アイザワ。
かつて異邦より来たりし、魂の召喚者。
――つづく。




