表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/42

妹と美依奈さん

「不審者にあとをつけられた気配? ないけど?」


 妹の真凛(まりん)はきょとんと首を傾げる。


「そうか。ならいいけど気を付けるんだぞ」

「お兄ちゃんは心配性だなぁ」


 真凛はケタケタと笑うが、僕は気が気じゃなかった。

 なにせいきなり美依奈さんが僕の妹について訊いてきたのだ。

 僕のことを調べているうちに妹の存在を知ったのだろう。そうでなければ僕に妹がいることを知るはずがない。


 お前には可愛い妹がいることを知ってるんだぞ。

 そういう遠回しの脅しを『匂わせ』てきたのだろうか?

 僕だけならいざ知らず、妹にまで手を出してくるつもりだったら絶対に許さない。


「あ、見て、お兄ちゃん。牛スジ肉が安いよ! カレー作ってよ」

「分かった。任せておけ!」


 僕と真凛はこうしてよく二人で買い出しに来る。

 帰りが遅い両親に代わり、僕らが食事の準備をするからだ。


「あ、優太じゃん?」

「み、美依奈さんっ……」


 突然美依奈さんが現れた。

 このスーパーはしょっちゅう来ているが、美依奈さんと会うのははじめてだ。当然僕はそこになにか作為的なものを感じた。

 

 隣では「誰?」という顔をした真凛が僕の顔を見上げている。


「こ、この人は僕のクラスメイトの──」

「あ、妹ちゃん? あたしはお兄ちゃんの彼女の橘美依奈。よろしくねー!」

「お、お兄ちゃんの彼女ぉお!?」


 真凛は目を丸くして叫ぶ。

 ごまかす前に美依奈さんに先制攻撃を仕掛けられてしまった。


「こぉーんなきれいでお洒落な人がお兄ちゃんの彼女なの!? 信じらんない!」

「そ、そんないいもんじゃないし。真凛ちゃん、誉めすぎ」

「そうだぞ真凛。誉めすぎだ」

「ゆ、優太は誉めろ! 彼氏だろ!」


 どさくさに紛れて言ってみたが美依奈さんに叱られてしまった。


「こんな素敵な人が私のお姉ちゃんになるなんて嬉しい!」

「な、なに言ってんだよ、真凛!」

「さ、さすがにそれは気が早いかも」


 真凛の爆弾発言に美依奈さんは顔を真っ赤にする。

 僕なんかと結婚する未来を指摘され、怒りで顔を赤くしたのだろう。ザマァ。


 さっさと立ち去ってくれることを期待したが、美依奈さんは僕ら兄弟と買い物を続けた。


「へぇ。同じクラスなんですね。いいなぁ、そういうの」

「でもちょっとハズいというか気まずいよ」


 美依奈さんはにやけながら手をパタパタ振っていた。

 そりゃ気まずいだろう。ウソ告白で付き合う偽カップルなんだから。


「いつから付き合ってるんですか?」

「先週からだよ」

「えー? 私、聞いてないんだけど?」


 真凛はぺちんと僕の肩を叩く。


「痛っ……いちいち言わないだろ、普通」

「私の男友達についてはあれこれ訊いてくるくせに?」

「そ、それは妹を心配してのことであって」

「心配なのはお兄ちゃんの方でしょ。この年まで彼女はおろか女友達すらほとんどいなかったんですよ。少し仲のいい子はいたけど」

「その話、もう少し詳しく聞かせて」

「も、もういいよ! 勝手にべらべら話すな!」


 僕の願いとは裏腹に、妹と美依奈さんはあっという間に意気投合してしまった。

 帰り際では僕の言うことも聞かず二人は連絡先の交換までしてしまう。



「しっかしお兄ちゃんにあんな綺麗な彼女がいたなんてね」


 美依奈さんと別れて、開口一番に真凛はなぜか誇らしげに呟く。


「あんまり美依奈さんと仲良くなるなよ」

「えー? なんでよ。別にいいでしょ」

「どうしてもだ」


 あまり仲良くなったら最後に必ず悲しくなる。

 なにせ美依奈さんはウソ告白で付き合っているだけの、ニセモノの恋人なのだから。

 その事実を知ったとき、妹が傷つくのを見たくなかった。


「お兄ちゃんのケチ」

「ああ。お兄ちゃんはケチだ。ケチんぼなんだ」


 たとえいま僕が嫌われても構わない。

 人の汚さ、厭らしさ、悪意を知って傷付くくらいなら、それくらいどうって言うことない。


「でもなぁ」と真凛は思案顔で視線を遠くに向ける。


「しつこいぞ、真凛」

「ちがう。そうじゃなくて」


 真凛は子供っぽく膨れ顔になる。


「美依奈さんってどっかで見たことある気がするんだよね。どこで会ったんだっけ?」


「んー」と首を捻りながら人差し指で唇をちょんちょん触っていた。


「どこにでもいるギャルだ。似たような人が多いからそう思うんだろ」

「そうかな? 確かにギャルっぽい人は多いけど、美依奈さんはすごく美人だし、スタイルいいし、どこにでもはいないよ」


 それは確かにそうだ。

 声にも態度にも出さないけれど、認める。


「誰だっけなぁ」

「誰でもいい。芸能人にでも似てるんだろ。とにかく必要以上に関わらないこと。分かった?」

「ふん。知らない」


 まったく生意気になったものだ。

 子供の頃は僕の言うことをきちんと聞くいい子だったのに。


 引っ越しばかりだったので、その度に真凛は泣いていた。

 そのせいか人との別れに敏感な人間になってしまったと思う。

 その反動なのか、どこにいっても離ればなれにならない僕にはとてもよく懐いてくれていた。


 大切な妹を傷付けるようなことをするなら、絶対に許さない。

 改めてその決意を胸で固めていた。


 真凛はまだ僕の隣で「誰かに似てるんだよなぁ」と呟いている。

 実は僕も美依奈さんのことをどこかで見た気がしないでもない。

 それはウソ告白をされる前、高校に入学して美依奈さんをはじめて見た時からなんとなく感じていた。

 でもたとえ誰であれ、人の心を弄ぶ非道な人間であることは間違いない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先入観による負のスパイラルで何やっても拗れていきますねぇ 妹ちゃんが頑張って思い出してくれたらブレイクスルーするするのだろうか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ